辞書をつくる――そう聞いて、何を想像するだろうか?
地味で、堅苦しくて、退屈そう。だが、その印象は『舟を編む』(三浦しをん・著/光文社文庫)を読めば、きっと一変する。
言葉に取り憑かれた男たちが挑むのは、十数年がかりの大仕事。辞書という“舟”を編みあげる物語だ。
2025年6月からはNHKでドラマ版『舟を編む 〜私、辞書つくります〜』も放送中。ファッション誌の編集部員だった女性が、突如辞書編集部へ異動し、不器用な仲間たちと“言葉”の世界にのめり込んでいく様が描かれる。
だが、その核となっているのが、原作小説に込められた〈静かな熱量〉と〈誠実な情熱〉なのだ。
舟を編む (光文社文庫) Kindle版 三浦 しをん (著)
◆ 辞書づくりに人生を懸ける、“言葉の変人”たち
主人公・馬締光也(まじめ みつや)は、営業職にまったく向かない地味な青年。人付き合いは不得手でも、言葉への感覚は鋭い。
その素質を見抜いた辞書編集部のベテランが、彼を異動させたことで物語は動き出す。
馬締が取り組むことになるのは、新しい辞書「大渡海(だいとかい)」の編纂。
完成までに十数年を要する、気の遠くなるようなプロジェクトだ。
だが、彼は日々言葉と格闘し、地味な作業に全力を注ぎはじめる。そこには、ただの“仕事”を超えた信念が宿っている。
◆ 恋文が動かす心――“言葉”で結ばれる想い
辞書をつくるだけの話、と思ったら、大間違いだ。
原作では、馬締の恋も大きなテーマとして描かれている。
料理人を目指す女性への思いを、彼は“恋文”という形で綴る。
その手紙が、相手の心を動かし、彼自身もまた変わっていく。
派手さこそないが、言葉を通じて心が通い合う過程は、読む者の胸をじんわりと打つ。
登場人物たちは皆、不器用だ。
だが、それぞれのやり方で、言葉と、他者と、そして自分自身と向き合っている。
まとめ:地味だからこそ、心に残る。言葉を“編む”人々の静かな闘い
『舟を編む』は、ミステリーでもサスペンスでもない。
それでも一冊読み終えたとき、まるで長い旅を終えたような深い充足感が残る。
言葉を拾い、定義し、未来へとつなぐ。
その営みが、これほどまでにドラマチックだったとは――。
今、改めて“言葉”と“辞書”という存在の意味を考えさせてくれる一冊だ。


