小さな扉を押した。
ほんのり緑の光がこぼれる。
胸を張って一歩。空気が冷たい。
円い大広間に出た。
壁も床も天井も――すべて大粒のエメラルド。
頭上には太陽みたいな大きな灯り。
宝石が一斉に火花を散らす。目が焼けそう。
けれど、いちばん強く視線を奪ったのは中央の玉座だった。
緑の大理石で彫られた高い椅子。
背もたれではなく、そこに巨大な頭が載っている。
胴体も手足もない。髪もない。
ただ、目と鼻と口だけ。私よりもずっと大きい顔。
その無機質な眼がゆっくり動いた。
まっすぐ私を射抜く。
床の反射が揺れて、喉が鳴った。
「わたしがオズ。偉大で恐ろしい者だ。──おまえは誰だ」
声はあくまで静か。
思っていたほど怖くない。
私は一度うなずき、唇を湿らせた。
「ドロシー……カンザスの子です。助けがほしくて来ました」
大きな目がしばらく私を観察する。
まばたきすら音を立てる気がした。
「銀の靴はどこで手に入れた」
「東の魔女の下敷きになった家の中で。倒れたあと、残っていたんです」
「額の跡は」
「北の良い魔女がキスして残した印です」
返事のあと、巨頭は天井を仰ぎ、床を見下ろし、また私に戻る。
「望みは何だ」
「カンザスへ帰りたい。それだけです」
叔母さんの顔が浮かぶ。胸が熱くなる。
目が三度、ゆっくり瞬く。
「なぜ私が願いを叶えねばならぬ」
「あなたは強い。私は弱い。力を貸してください」
「東の魔女を倒したおまえが弱いとは」
「偶然です。わたしが望んで倒したわけじゃない」
しばし沈黙。
灯りが宝石を撫で、影が私の足もとで震える。
「見返りがいる」
オズの声が硬く落ちてくる。
「西の悪い魔女を滅ぼせ。その報せを持って戻れば、カンザスへ送ろう」
息が止まった。
「そんな……わたしには無理です!」
「できぬなら帰れぬ。ここでは何もかも代価がいる」
涙がにじむ。
「あなたができないことを、どうして私に――」
「答えは変わらん」
巨頭はゆるやかに背もたれへ沈み込む。
「魔女を倒すまで、二度と私に会おうと思うな」
視界が歪む。
私は背を向け、ふらふらと扉を押した。
廊下の緑がにじむ。心に大きな穴が開いたよう。
──無理だよ、そんなの。
部屋に戻り、ベッドに顔を伏せた。
トトの温かい鼻先が頬に触れる。
声にならない嗚咽が枕に吸い込まれ、やがて泣き疲れて眠りに落ちた。