燐光の川辺にて


 ごとごとと音をたてながら、汽車は燐光の川辺を走っていた。
 川の水面はきらきらと揺れ、向こうの窓には野原が広がっていた。

 それは幻燈のようだった。
 百も千もの三角標が、大きさもさまざまに、野の上に立っていた。
 大きなものの上には赤い点を打った測量旗が揺れていた。

 野原の果ては、霧のような青白さに包まれていた。
 そこから、あるいはもっと遠くからか。
 狼煙のような影が、桔梗色の空に打ち上がり、すっと消えていく。

 風はすきとおっていた。
 どこかに、ばらの香がただよっていた。

 「いかがですか。こういう林檎は初めてでしょう」

 向かいの席の燈台守が、両手で膝に抱えていた。
 黄金と紅で彩られた、大きな林檎だった。

 「おや……どこから来たんです? 立派ですね」
 青年は驚いたように目を細める。
 林檎をじっと見つめながら、首をかしげていた。

 「どうか、遠慮なさらず。どうぞ」

 青年はひとつ手に取ると、ふとジョバンニたちを見やった。

 「お坊ちゃんたちも、どうです? どうぞ」

 ジョバンニは「坊ちゃん」と呼ばれて少しむっとしていたが、
 カムパネルラは静かに言った。

 「ありがとう」

 青年が自ら手にとった林檎を、二人に手渡した。
 ジョバンニも立ち上がって、小さな声で礼を言った。

 燈台守は両手が空くと、眠る姉弟の膝に、そっと林檎を置いた。

 「本当に、ありがとう。どこで育つんですか、こんな林檎」
 青年が、じっとそれを見つめながら言った。

 「ここでは、作物は自然に育ちます。骨を折る必要はほとんどありません。
 種をまけば、望んだものが育ちます。
 米も殻がなく、大きく、香りもよいのです」

 燈台守は、語りながら目を細めていた。

 「けれど、あなた方の住む方では、農業そのものがありません。
 林檎やお菓子に、かすはなく、それぞれの人に合った香りだけが、
 体の奥からふんわりと立つようになるのです」

 突然、男の子がぱっちりと目を開いた。

 「いまね、お母さんの夢を見たんだ。立派な戸棚と本がある部屋にいて、
 こっちを見て手を出して、にこにこ笑ってた」
 「『林檎を拾ってこようか』って言ったら、目がさめた。ああ、汽車の中か……」

 「その林檎、そこにあるよ。おじさんがくださったんだ」

 青年が穏やかに言った。

 「ありがとう、おじさん。……かおる姉さん、まだ寝てる。起こしてあげよう」
 「ねえさん、見て。林檎、もらったよ。起きて」

 姉は、ゆっくりと目を開けた。
 手で光をさえぎりながら、笑みを浮かべて林檎を見つめた。

 男の子は林檎にかぶりついた。
 その皮が、くるくるとコルク抜きのような形で剥がれてゆく。
 床に落ちる前に、ふっと光って、蒸気のように消えてしまった。

 二人は林檎を大切に、ポケットにしまった。

 川の向こう岸には、大きな林が見えた。
 青く茂った枝には、赤い実がたわわに実っていた。
 林の中央には、高い三角標が立っていた。

 森の奥から、オーケストラベルやジロフォンの音が聞こえてきた。
 風に乗って流れてくるその音は、とけるように胸をひたした。

 青年は、ふるえるように肩をすくめた。

 その音を聴いていると、
 そこに、淡い黄や緑の野原がひろがってくるようだった。

 真っ白な蝋のような露が、太陽の面をすべる――
 そんな気配を感じながら、汽車はごとごとと進んでいた。


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