けれども、――ああ、学校。
そこでも、自分は、――また、尊敬されかけていたのです。
それが、恐ろしかった。
――たまらなく、怖ろしかった。
尊敬――
その言葉には、いつも、震えがありました。
自分の定義では、
それは、――ほとんど完全に人をだました者が、
ただ一人の、全知全能の誰かに見破られて、
木っ端みじんにやられる、
死ぬより赤い恥をさらされる、
――そういう状態の前触れだったのです。
だます。
――だまして、笑わせる。
――だまして、好かれる。
――だまして、尊敬される。
けれども、誰か一人は知っている。
自分の仮面の裏を、冷たく、じっと、見ている。
――その者が、皆に話したら?
ああ、その時の怒り。
――その復讐は、どんなに恐ろしいか。
想像するだけで、
――自分は、身の毛がよだつ心地になるのです。
自分が、学校で「できる奴」と言われ出したのは、――どうやら、その家が金持ちだったというよりも、
試験の成績が、ひどくよかったからのようでした。
自分は、子供の頃から病弱で、
一月、二月――ときには一年まるごと、寝込んでいたことさえありました。
けれども、病み上がりのからだを人力車に乗せ、
学校へ行き、試験だけ受けると、
なぜか、クラスの誰よりも――できている。
それが、始まりでした。
からだの調子がよい時でも、
自分は、勉強などしませんでした。
授業中には、ただ漫画ばかり書いて、
休み時間には、それをクラスの者たちに見せ、説明して――笑わせていました。
綴り方も、ふざけてばかり。
滑稽噺の連発で、先生から注意を受けても、やめなかった。
――やめなかったのには、理由があるのです。
先生が、ほんとうは、こっそりそれを楽しみにしているのを、
自分は知っていたからでした。
ある日、自分は、例によって、
母に連れられ上京した汽車の中でのお話――
客車の通路に置いてあった痰壺に、わざと、おしっこをしてしまった顛末を、
いかにも悲しげな筆致で、ことさら哀れっぽく書きました。
――もちろん、痰壺と知らなかったわけではないのです。
知っていて、やった。
子供の無邪気を装って、ふざけて、やった。
それを提出して、
きっと笑うはずだという確信があったので、
自分は先生のうしろを、そっと――
音も立てずについて行きました。
先生は、廊下に出るとすぐ、
自分のその綴り方を、他の子の作文の束から抜き出し、
歩きながら読みはじめ、――クスクスと笑い、
やがて職員室に入ると、急に笑い声を大きくし、
他の先生にも、それを読ませているのを――自分は、物陰から、じっと見ていました。
その時の満足――
あれが、――たまらなかったのです。