「いいかい? 煙草は?」
と自分は、首を傾けてたずねました。
「トラ。」
と堀木は、即座に答えました。悲劇――トラジディの略です。
「薬は?」
「粉か? 丸薬か?」
「注射。」
「トラ。」
「そうかな。ホルモン注射なんてものも、あるじゃないか。」
「いや、断然トラだ。針がまずい。お前、それだけで立派なトラだよ。」
「よし、負けておこう。だがね君、薬も医者も案外、コメなんだぜ。」
「では、死は?」
「コメ。牧師も和尚も、みんなそうさ。」
「大出来。――すると、生はトラか?」
「ちがう。それも、コメ。」
「いや、それでは、すべてがコメになってしまう。では、もう一つ。漫画家は? よもや、それまでコメとは言えまい。」
「トラ、トラ。大悲劇名詞。」
「なんだい。大トラは、君のほうだよ。」
こんな下手な駄洒落になってしまっては、つまらない。
けれども、自分たちは得意でした。これを、世界のどんなサロンにもなかった、きわめて気のきいた遊戯だと思い込んでいたのです。
もうひとつ、似たような遊戯がありました。これは、自分が考案したものでした。
アントニム――対義語当てです。
黒のアントは、白。しかし、白のアントは赤。赤のアントは黒。
「花のアントは?」
と、自分が訊ねます。
堀木は口を曲げ、しばらく考えました。
「ええっと、花月という料理屋があったから、月。」
「それはアントにならない。むしろ、シノニム。星と菫も、同義語だ。アントじゃない。」
「わかった。蜂。」
「蜂?」
「牡丹に……蟻か?」
「それは画題だ。ごまかすな。」
「じゃあ、花にむら雲――」
「それは月だろう。」
「そう、そう。じゃあ、花に風。風だ。アントは風。」
「まずいな。それは浪花節の文句だ。お里が知れるよ。」
「いや、琵琶。」
「なお悪い。花のアントはね、この世でいちばん花らしくないもの、それをこそ挙げるべきだ。」
「だから、その……待てよ。なあんだ、女か。」
「では、ついでに。女のシノニムは?」
「臓物。」
「君は詩を知らん。――臓物のアントは?」
「牛乳。」
「これは、ちょっとうまい。その調子でもう一つ。恥。――恥のアントは?」
「恥知らず。流行漫画家、上司幾太。」
「では、堀木正雄は?」
このあたりから、ふたりとも笑えなくなってきました。
焼酎の酔い特有の、あのガラスの破片が頭に散らばるような感覚。陰鬱な気分が、ふわりと立ちのぼって来たのです。
「生意気言うな。おれはまだ、お前のように縄目の恥辱など受けたことはない。」
ぎょっとしました。
堀木は、心の中で、自分を人間扱いしていなかったのです。自分を、ただの死にぞこない。恥知らずの阿呆。化物。つまり「生ける屍」としか見なしていなかった。
そして、彼の快楽のために利用できる部分だけを利用する。それっきりの「交友」だったのだ。
そう思うと、さすがに気持のよいものではありませんでした。
けれどもまた、堀木がそのように自分を見ていたのも、無理はなかったのかも知れません。
自分は昔から、人間の資格のないような子供でした。やっぱり、堀木にさえ軽蔑されて当然だったのかも知れない。
そう考え直して、
「罪。――罪のアントは、何だろう。これはむずかしいぞ。」
と、努めて何気ない顔で言いました。
「法律さ。」