女は、男よりも更に、道化には、くつろぐようでした。
自分がお道化を演じますと。
男は、さすがに、いつまでもゲラゲラ笑ってはおりませんし。
それに、自分も、男のひとに対して。
調子に乗って、お道化を演じすぎると、必ず、失敗するということを知っていましたから。
どんなに受けても。
どんなに拍手をもらっても。
必ず、適当なところで、切り上げるように心がけていました。
けれども、女は――
適度ということを知らぬようで。
いつまでも、いつまでも。
自分に、お道化を要求して来るのでした。
自分は、その限りないアンコールに応じて。
へとへとに疲れながら、笑いを続けるのでした。
実によく笑うのです。
女というものは、いったいに。
男よりも、快楽をよけいに頬張ることができるらしく思われました。
自分が、中学時代に世話になった、あの家の姉娘も。
妹娘も。
ひまさえあれば、二階の自分の部屋にやって来て――
自分は、そのたびごとに。
飛び上らんばかりに、ぎょっとして。
そうして、ひたすら、おびえていました。
「御勉強?」
「いいえ」
と、微笑して、本を閉じると。
「きょうね、学校でね、コンボウという地理の先生がね」
と、するすると口から流れ出るのは。
心にもない、滑稽噺でした。
「葉ちゃん、眼鏡をかけてごらん」
ある晩、妹娘のセッちゃんが、アネサと一緒に自分の部屋へ遊びに来て。
さんざん自分に、お道化を演じさせた揚句の果てに。
そんなことを言い出しました。
「なぜ?」
「いいから、かけてごらん。アネサの眼鏡を借りなさい」
いつでも、こんな乱暴な命令口調で言うのでした。
道化師は、素直にアネサの眼鏡をかけました。
とたんに、二人の娘は、笑いころげました。
「そっくり。ロイドに、そっくり」
当時、ハロルド・ロイドとかいう外国の映画の喜劇役者が。
日本で人気がありました。
自分は、立って、片手を挙げ。
「諸君」
と言い。
「このたび、日本のファンの皆様がたに……」
と、一場の挨拶を試みて。
さらに大笑いさせました。
それから、ロイドの映画が、その町の劇場に来るたびごとに。
見に行って、ひそかに、彼の表情などを研究しました。
また、ある秋の夜。
自分が寝ながら本を読んでいると。
アネサが、鳥のように素早く部屋へ入って来て。
いきなり、自分の掛蒲団の上に倒れ、泣きました。
「葉ちゃんが、あたしを助けてくれるのだわね。そうだわね。
こんな家、一緒に出てしまったほうがいいのだわ。
助けてね。助けて」
などと、はげしいことを口走っては、また泣くのでした。
けれども。
自分には、女から、こんな態度を見せつけられるのは、これが最初ではありませんでしたので。
アネサの過激な言葉にも、さして驚かず。
かえって、その陳腐、無内容に興が冷めた心地で。
そっと蒲団から脱け出して。
机の上の柿をむいて、その一きれを、アネサに手渡してやりました。
すると、アネサは、しゃくり上げながら、その柿を食べ。
「何か面白い本が無い? 貸してよ」
と言いました。
自分は、漱石の『吾輩は猫である』という本を、本棚から選んであげました。
「ごちそうさま」
アネサは、恥ずかしそうに笑って、部屋を出て行きましたが。
このアネサに限らず。
いったい、女というものは。
どんな気持ちで、生きているのかを考えることは――
自分にとって。
蚯蚓の思いをさぐるよりも、ややこしく。
わずらわしく。
薄気味の悪いものに、感ぜられておりました。
ただ、自分は。
女が、あんなに急に泣き出したりした場合。
何か甘いものを手渡してやると。
それを食べて、機嫌を直す、ということだけは。
幼い時からの、自分の経験によって、知っておりました。
また、妹娘のセッちゃんは。
その友だちまで、自分の部屋に連れて来て。
自分が、例によって、公平に、皆を笑わせて。
友だちが帰ると、セッちゃんは。
決まって、その友だちの悪口を言うのでした。
あのひとは、不良少女だから、気をつけるように。
と、きまって、言うのでした。
そんなら、わざわざ、連れて来なければいいのに――
おかげで、自分の部屋の来客の、ほとんど全部が女。
ということになってしまいました。