第二の手記 4


 女は、男よりも更に、道化には、くつろぐようでした。

 自分がお道化を演じますと。

 男は、さすがに、いつまでもゲラゲラ笑ってはおりませんし。

 それに、自分も、男のひとに対して。

 調子に乗って、お道化を演じすぎると、必ず、失敗するということを知っていましたから。

 どんなに受けても。

 どんなに拍手をもらっても。

 必ず、適当なところで、切り上げるように心がけていました。

 けれども、女は――

 適度ということを知らぬようで。

 いつまでも、いつまでも。

 自分に、お道化を要求して来るのでした。

 自分は、その限りないアンコールに応じて。

 へとへとに疲れながら、笑いを続けるのでした。

 実によく笑うのです。

 女というものは、いったいに。

 男よりも、快楽をよけいに頬張ることができるらしく思われました。

 自分が、中学時代に世話になった、あの家の姉娘も。

 妹娘も。

 ひまさえあれば、二階の自分の部屋にやって来て――

 自分は、そのたびごとに。

 飛び上らんばかりに、ぎょっとして。

 そうして、ひたすら、おびえていました。

「御勉強?」

「いいえ」

 と、微笑して、本を閉じると。

「きょうね、学校でね、コンボウという地理の先生がね」

 と、するすると口から流れ出るのは。

 心にもない、滑稽噺でした。

「葉ちゃん、眼鏡をかけてごらん」

 ある晩、妹娘のセッちゃんが、アネサと一緒に自分の部屋へ遊びに来て。

 さんざん自分に、お道化を演じさせた揚句の果てに。

 そんなことを言い出しました。

「なぜ?」

「いいから、かけてごらん。アネサの眼鏡を借りなさい」

 いつでも、こんな乱暴な命令口調で言うのでした。

 道化師は、素直にアネサの眼鏡をかけました。

 とたんに、二人の娘は、笑いころげました。

「そっくり。ロイドに、そっくり」

 当時、ハロルド・ロイドとかいう外国の映画の喜劇役者が。

 日本で人気がありました。

 自分は、立って、片手を挙げ。

「諸君」

 と言い。

「このたび、日本のファンの皆様がたに……」

 と、一場の挨拶を試みて。

 さらに大笑いさせました。

 それから、ロイドの映画が、その町の劇場に来るたびごとに。

 見に行って、ひそかに、彼の表情などを研究しました。

 また、ある秋の夜。

 自分が寝ながら本を読んでいると。

 アネサが、鳥のように素早く部屋へ入って来て。

 いきなり、自分の掛蒲団の上に倒れ、泣きました。

「葉ちゃんが、あたしを助けてくれるのだわね。そうだわね。

 こんな家、一緒に出てしまったほうがいいのだわ。

 助けてね。助けて」

 などと、はげしいことを口走っては、また泣くのでした。

 けれども。

 自分には、女から、こんな態度を見せつけられるのは、これが最初ではありませんでしたので。

 アネサの過激な言葉にも、さして驚かず。

 かえって、その陳腐、無内容に興が冷めた心地で。

 そっと蒲団から脱け出して。

 机の上の柿をむいて、その一きれを、アネサに手渡してやりました。

 すると、アネサは、しゃくり上げながら、その柿を食べ。

「何か面白い本が無い? 貸してよ」

 と言いました。

 自分は、漱石の『吾輩は猫である』という本を、本棚から選んであげました。

「ごちそうさま」

 アネサは、恥ずかしそうに笑って、部屋を出て行きましたが。

 このアネサに限らず。

 いったい、女というものは。

 どんな気持ちで、生きているのかを考えることは――

 自分にとって。

 蚯蚓の思いをさぐるよりも、ややこしく。

 わずらわしく。

 薄気味の悪いものに、感ぜられておりました。

 ただ、自分は。

 女が、あんなに急に泣き出したりした場合。

 何か甘いものを手渡してやると。

 それを食べて、機嫌を直す、ということだけは。

 幼い時からの、自分の経験によって、知っておりました。

 また、妹娘のセッちゃんは。

 その友だちまで、自分の部屋に連れて来て。

 自分が、例によって、公平に、皆を笑わせて。

 友だちが帰ると、セッちゃんは。

 決まって、その友だちの悪口を言うのでした。

 あのひとは、不良少女だから、気をつけるように。

 と、きまって、言うのでした。

 そんなら、わざわざ、連れて来なければいいのに――

 おかげで、自分の部屋の来客の、ほとんど全部が女。

 ということになってしまいました。


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