美術学校に、はいりたかったのです。
けれど、それは、自分の胸の中で、
ただ、ひそやかに燃えていた希望に過ぎず、
声にして言ったことも、ありませんでした。
父が、許さなかったのです。
父は、自分を官吏にしたいと、そう言っておりました。
中学にいるころから、幾度となく、そのことを聞かされて、
自分も、ただ、おとなしく、それに従っていたのです。
否と言えぬ性分――
自分は、昔から、そうでした。
四年を終えたら、試験を受けて見ろ。
そう言われ、自分も、もう中学の桜と海には飽きていましたので、
五年には進まず、東京の高等学校を受けて、合格しました。
すぐに、寮にはいりました。
ところが、それが、たまりませんでした。
汚れていて、乱暴で、
ああ、人間の魂というものを、あんなにもおぞましく、
粗野に、乱打するような場所は無いと、
まるで、泥の中に落ちたような心地がして、
自分のお道化さえ、影を潜めてしまいました。
ついに、医師に肺浸潤の診断書を書いてもらって、寮を出て、
父の別荘――上野の桜木町へ、引っ越しました。
団体生活というものが、だめなのです。
そもそも、自分には、群れというものの熱に、ついて行けない。
若さの誇りだとか、青春の感激だとか――
耳にするだけで、鳥肌が立つ。
あの「ハイスクール・スピリット」なるもの、
見るも、聞くも、うすら寒い。
教室も、寮も、
歪んだ性の匂いが充満していて、
まるで、ひとのよろこびも、苦しみも、
そこには在りませんでした。
自分のお道化は、
そこで何の役にも立たず、
ただ、疲れて、しずかに、沈みました。
父は、議会のない月には、一週間か、二週間ほど、
この別荘に滞在するだけでしたので、
父がいない間は、老いた番人夫婦と、自分と、
三人きりで暮らしておりました。
学校も、ときどき休みました。
東京見物をしようなどという気にもならず、
明治神宮も、楠正成の銅像も、泉岳寺も――
結局、一度も足を運ぶことなく、終わりそうです。
家で、本を読んだり、絵をかいたりしていました。
登校のふりをして、
じつは、本郷千駄木町にある、安田新太郎氏の画塾に通って、
三時間も、四時間も、デッサンに打ち込んだ日もありました。
高等学校の寮を抜けてから、
自分は、学校というものに対して、
どこか、仮住まいのような――
否、自分が聴講生であるかのような、
そんな他人行儀な気持ちが、ぬぐえなかったのです。
それは、自分のひがみかも知れません。
けれども、学校へ行くのが、次第に億劫になり、
やがて、自分は、小学校から高等学校まで通して、
一度も、愛校心というものを持たずに、
終わってしまったのでした。
校歌など、いちども覚えようとしたことが、ありませんでした。
その頃、画塾で知り合った一人の画学生から、
自分は、都会の、ちょっと変わった生活を教えられました。
酒。煙草。淫売婦。質屋。左翼思想。
奇妙な取り合わせでしたが、
けれども、それが事実だったのです。
その画学生は、堀木正雄。
東京の下町に生まれ、自分より六つ年上で、
私立の美術学校を出ており、
アトリエを持たぬゆえに、画塾へ通って、
洋画を勉強しているのだと、言っておりました。
「五円、貸してくれないか」
ある日、唐突にそう言われました。
それまで言葉を交わしたこともなく、
ただ顔だけ知っていた男でした。
自分は、うろたえて、五円を差し出しました。
すると、彼は満足そうに笑って、
「よし、飲もう。おれが、お前におごるんだ」
そう言って、自分をカフェへ連れて行きました。
「お前に、前から眼をつけていたんだ。
その微笑――それが、見込みのある芸術家の顔つきなんだ」
そう言いながら、彼は乾杯し、
ウェイトレスに自分のことを紹介し、
「惚れちゃいけないぜ」などと冗談を言いました。
彼は、色が浅黒く、すこし端正な顔をしていて、
背広をきちんと着こなし、
ポマードでぺったりと真ん中分けにした頭――
画学生には、めずらしいほどの、都会人の風貌でした。
自分は、場馴れせず、
腕を組んだり、ほどいたり、
ただ、にこにこと微笑するばかりでしたが、
ビイルを二、三杯飲んで、
不思議なほどに、心が軽くなって来たのを覚えています。
「僕は、美術学校にはいりたかったんですけど……」
ふと、口にすると、
「いや、つまらん。あんなところは、つまらん」
と、堀木は言い捨て、
「われらの教師は、自然の中にあり! 自然に対するパアトス!」
そんなことを、熱心に語っておりました。
けれども、自分は、彼の言葉に、
一片の敬意も、感じませんでした。
絵も下手に違いない、馬鹿な人だ。
けれど――
遊ぶには、都合のよい相手かも知れない。
そんなふうに考えておりました。
つまり、自分は、そのとき、生まれてはじめて、
ほんとうの都会の与太者に、出会ったのでした。
それは、自分と形は違っていても、
この世の人間の営みから、完全に逸れて、
戸惑っている――
その点においては、たしかに同類でした。
ただし、堀木は、そのお道化を、意識していない。
しかも、その道化の底にひそむ、哀しさ――
それに、まるで気づいていないところが、
自分とは、決定的に違っていたのでした
結局、自分は――
その男にさえ、打ち破られてしまったのでした。
最初のうちは、ただの好人物。
いえ、まれに見る好人物と、そう思い込んでおりました。
さすがに人間恐怖の自分も、まったく油断して、
東京の、よい案内者ができた。
そのくらいの気持でいたのです。
実を言えば、自分は、ひとりでは、
電車に乗ることすら、車掌がおそろしく、
歌舞伎座の正面玄関――
緋の絨緞が敷かれた階段、その両側に立つ案内嬢たち――
あれを見るだけで、逃げ出したくなりました。
レストランの、背後にひっそり立つ給仕のボーイ。
皿のあくのを、無言で待っているその影。
ああ――
自分は、勘定のとき、ぎごちない手つきに気を取られて、
目まいがし、世界が真暗になり、
買った品物を置き忘れることさえ、しばしばありました。
お釣を受け取るのも忘れて。
値切るどころの騒ぎではなかったのです。
だから、東京の街を、ひとりで歩くことができず、
家の中で、一日中、ごろごろして過ごしていました。
そんな自分が、堀木と一緒に歩くときだけは、
財布を渡して、安心して任せていられたのです。
彼は、みごとに値切り、
わずかなお金で、最大の効果を挙げる支払い振りを見せました。
高い円タクは避けて、
電車、バス、ポンポン蒸気――
それぞれを、手際よく使い分けて、最短時間で目的地へ着く。
実地教育というものを、受けたのは、
たぶん、あのときが最初だったのです。
淫売婦のところから朝帰る途中、
何という料亭か、そこに立ち寄って、朝風呂に入り、
湯豆腐と、少しばかりの酒――
それが、安い割に、贅沢な気分になれると、彼は教えてくれました。
屋台の牛めしや、焼とり。
安価にして、滋養に富むものたることを、彼は力説しました。
酔いの早く発する酒は、電気ブラン。
それに勝るものは無いと、保証してくれました。
ともかく、その男といるあいだだけは、
勘定というものに対して、自分が、
一つも不安も、恐怖も、感じることがなかったのです。
さらに、堀木と附合っていて救われるのは、
彼が、聞き手の思惑を、まるで無視して、
四六時中、くだらない話を続ける――
あの、情熱パトスというやつを、
噴出のままに、垂れ流しているということでした。
沈黙、というものが、あらわれないのです。
あの、人と話していて、不意に訪れる沈黙――
おそろしい沈黙。
それが、自分にとって、どれほどの苦しみであったか。
だから自分は、もともと口が重いくせに、
その沈黙を打ち払おうと、必死にお道化を言ってきたのです。
けれど、いまは――
この堀木の馬鹿が、意識もせず、
自ら進んで、そのお道化役をやってくれている。
自分は、返事もろくにせず、
ただ、まさか、などと笑っていれば、
それで、よかったのです。
酒。煙草。淫売婦。
それらはみな、
たとい一時でも、人間恐怖をまぎらせる、
よい手段であることが、やがて自分にもわかってきました。
そして、それらの手段を得るためなら――
自分の持ち物すべてを売り払っても、悔いない。
そう思うようになっていたのです。