第二の手記 9


 そのころ、自分に特別の好意を寄せている女が、三人ほどいました。

 ひとりは、自分の下宿している仙遊館の娘でした。

 この娘は、自分がれいの運動の手伝いでへとへとになって帰り、ごはんも食べずにそのまま寝てしまってから、かならず用箋と万年筆を持って自分の部屋にやって来て、

「ごめんなさい。下では、妹や弟がうるさくて、ゆっくり手紙も書けないのです」

 そう言って、何やら自分の机に向かって一時間以上も書いているのです。

 自分もまた、知らん振りをして寝ておればいいのに、いかにもその娘が何か、自分に言ってもらいたげな様子なので、れいの受け身の奉仕の精神を発揮して、実に一言も口をききたくない気持ちなのだけれども、くたくたに疲れ切っているからだに、ウムと気合いをかけて腹這いになり、煙草を吸い、

「女から来たラヴ・レターで、風呂をわかしてはいった男があるそうですよ」

「あら、いやだ。あなたでしょう?」

「ミルクをわかして飲んだ事はあるんです」

「光栄だわ、飲んでよ」

 早くこのひと、帰らねえかなあ、手紙だなんて、見えすいているのに。へへののもへじでも書いているのに違いないんです。

「見せてよ」

 と、死んでも見たくない思いでそう言えば、あら、いやよ、あら、いやよ、と言って、そのうれしがる事、ひどくみっともなく、興が覚めるばかりなのです。

 そこで自分は、用事でも言いつけてやれ、と思うんです。

「すまないけどね、電車通りの薬屋に行って、カルモチンを買って来てくれない? あんまり疲れすぎて、顔がほてって、かえって眠れないんだ。すまないね。お金は、……」

「いいわよ、お金なんか」

 よろこんで立ちます。

 用を言いつけるというのは、決して女をしょげさせる事ではなく、かえって女は、男に用事をたのまれると喜ぶものだという事も、自分はちゃんと知っているのでした。

 もうひとりは、女子高等師範の文科生の、いわゆる「同志」でした。

 このひととは、れいの運動の用事で、いやでも毎日、顔を合せなければなりませんでした。

 打ち合せがすんでからも、その女は、いつまでも自分について歩いて、そうして、やたらに自分に、ものを買ってくれるのでした。

「私を本当の姉だと思っていてくれていいわ」

 そのキザに身震いしながら、自分は、

「そのつもりでいるんです」

 と、愁を含んだ微笑の表情を作って答えます。

 とにかく、怒らせては、こわい。

 何とかして、ごまかさなければならぬ。

 その思い一つのために、自分はいよいよ、その醜い、いやな女に奉仕をして、そうして、ものを買ってもらっては――

(その買い物は、実に趣味の悪い品ばかりで、自分はたいてい、すぐにそれを焼きとり屋の親爺などにやってしまいました)

 うれしそうな顔をして、冗談を言っては笑わせました。

 或る夏の夜、どうしても離れないので、街の暗いところで、そのひとに帰ってもらいたいばかりに、キスをしてやりましたら、あさましく狂乱の如く興奮し、自動車を呼んで、そのひとたちの運動のために秘密に借りてあるらしいビルの事務所みたいな狭い洋室に連れて行き、朝まで大騒ぎという事になり、

 とんでもない姉だ、

 と自分はひそかに苦笑しました。

 下宿屋の娘と言い、またこの「同志」と言い、どうしたって毎日、顔を合せなければならぬ具合になっていますので、これまでのさまざまの女のひとのように、うまく避けられず、

 つい、ずるずるに、れいの不安の心から、この二人のご機嫌を、ただ懸命に取り結び、

 もはや自分は、金縛り同様の形になっていました。


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