銀河ステーション


 背後にあった天気輪の柱が、いつしか三角標のかたちを取りはじめた。
 それは蛍のように、かすかに明滅をくりかえし、やがて確かな姿を見せる。
 青鋼のような空の野に、静かに立っていた。

 そのとき、どこからともなく声が降る。
「銀河ステーション、銀河ステーション」
 ふと耳に触れたその声に続いて、眼の前がぱっとひらけた。
 億の蛍烏賊が一度に火を放ったかのよう。
 あるいは、封じられていた金剛石を誰かがばらまいたような。
 目映いほどの光が、視界いっぱいに広がった。

 ジョバンニは何度も目をこすった。
 気づくと、小さな汽車がごとごとと音を立てていた。
 黄いろの灯が並ぶ車室に、ジョバンニは静かに腰かけていた。

 青いビロードの座席。
 向かいの鼠色の壁には、真鍮のぼたんがふたつ光る。
 客はおらず、静けさだけが漂っていた。

 そのとき、前の席の子供がふと目に入る。
 黒い上着に濡れたような光が浮かび、その肩のあたりに見覚えがあった。
 誰か、どうしても確かめたくなる。

 窓の外をのぞこうとした瞬間、その子が振り返った。
 カムパネルラだった。

 「みんな走ったけど、追いつけなかったよ」
 「ザネリもだめだった。お父さんが迎えに来たんだ」
 そう言いながら、どこか苦しげな表情をしていた。

 ジョバンニの胸の奥に、忘れもののような気配が残った。
 だが、カムパネルラはすぐに元気を取り戻す。

 「しまった、水筒を忘れた。スケッチ帳も」
 「でも、いいんだ。もうすぐ白鳥の停車場だから」
 「ぼく、白鳥が大好きなんだ。きっと見えるよ」

 カムパネルラは、円い地図をぐるぐるまわす。
 その地図には、漆黒の盤の上に光のしるしが散らばっていた。
 青、橙、緑――停車場、森、泉が、光となって浮かぶ。

 「どこで買ったの? 黒曜石でできてるみたいだ」
 「銀河ステーションでもらったよ。君ももらわなかった?」

 ジョバンニは、ふと自分が銀河ステーションを通ったかどうか、思い出せなかった。
 指さしたのは、「白鳥」と書かれた駅の少し北。
 「ここが今、ぼくたちのいる場所?」

 その時、川原のほうが光って見えた。
 すすきが、銀色の波のように揺れている。

 「月じゃないよ。銀河だから光るんだ」
 ジョバンニの声に、愉しさがにじむ。

 窓から顔を出し、高く口笛を吹く。
 どこまでも透きとおった水の流れを、必死に見つめた。
 ガラスよりも、あるいは水素よりも澄んでいる。
 その流れは、紫のさざ波を立て、虹のように瞬いた。

 野原のそこかしこに、燐光の三角標が立っている。
 遠いものは橙、近いものは青白い。
 三角、四角、稲妻、鎖――さまざまな形が夜を彩る。

 ジョバンニは胸を高鳴らせ、頭を振った。
 その振動に応じて、光の標たちがちらちらと揺れる。

 「ぼくはもう、天の野原に来たんだ」

 「この汽車、石炭じゃないよね」
 「アルコールか電気さ」

 汽車はすすきの風を受けながら、銀河の流れと光の中を走る。
 ごとごと、ごとごと。

 「りんどうが咲いてる。もう秋だね」
 紫の花が、月長石の彫刻のように見える。

 「飛び降りて、取ってこようか」
 ジョバンニの声が弾む。

 「もう無理さ。もう後ろに行っちゃった」
 カムパネルラが言い終える前に、
 新たなりんどうの花が、つぎつぎに過ぎていく。

 黄色い底を持つ花のコップが、雨のように湧き出す。
 けむるような光。
 三角標の列が、夜の野原に燃えるように立っていた。


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