青白い文字盤が、黙って「第二時」を示していた。
その振り子が、風のない静けさの中、かち、かち、と野原に刻む音だけが響いている。
汽車も止まり、草の葉すら動かない。
すべてが、透明な沈黙の中にあった。
その静寂を、かすかに破るものがあった。
遠く、果てしない野原の向こうから、細い旋律が、糸のように流れてくる。
姉が小さな声で言った。
「……新世界交響曲、だわ」
その言葉は、夢の途中に差し込んだ光のようだった。
黒服の青年も、ほかの乗客も、皆が柔らかな夢に身を委ねていた。
けれど、ジョバンニの胸は、しんと冷えていた。
(どうして、こんなに静かなところなのに、僕は愉しくなれないんだろう)
(なぜこんなにも、ひとりぼっちなんだろう)
視線を外へ向けながら、彼は顔を手で覆った。
カムパネルラはそっと、口笛で星めぐりの歌を吹いた。
その音が、夜の空気に細く揺れる。
「ええ、ええ、ここはもう高原の上ですから」
背後から年配の人の、明るく確かな声が聞こえた。
「とうもろこしなんて、深く穴を掘らなきゃ生えませんよ」
「川まで、遠いんでしょうか」
「ええ、谷になっていて、二千尺か六千尺、いや、もっとかもしれません」
ああ、ここは――コロラドの高原じゃなかったか。
ジョバンニの胸に、微かな記憶の風が吹いた。
カムパネルラはまだ笛を吹いていた。
女の子は、絹に包まれた林檎のような顔色で、そっとジョバンニを見つめていた。
突然、景色が変わった。
とうもろこしの畑が消え、黒い野原が眼前にひらけた。
交響曲の旋律が、空の果てからはっきりと湧き上がる。
その音の中、一人のインディアンが現れた。
白い羽根を頭に、石飾りを身につけ、小さな弓に矢をつがえて、汽車を追ってくる。
「あれ、インディアンだわ!」
女の子が声をあげる。
青年も目を覚まし、ジョバンニとカムパネルラも身を乗り出した。
「追いかけているんじゃありませんよ」
青年はポケットに手を入れ、夢から抜け出すように言った。
「踊っているんです。あるいは、狩りをしてるのかもしれません」
インディアンの足取りは軽やかだった。
踊るように、走っていた。
やがて羽根が前に倒れ、彼はぴたりと止まった。
弓を空に引く。
鶴が、一羽、ふらりと空から落ちた。
その鳥は、両腕を広げたインディアンの胸に、やわらかく落ちる。
彼は笑った。
そして小さな姿は、だんだん遠ざかっていった。
電信柱の碍子がふたつ、きらきらと光り、また、とうもろこしの林が続いた。
ジョバンニが窓を見やると、汽車は高い崖の上を走っていた。
谷底には、川が静かに光っていた。
「ここからは、ずっと下り坂なんです」
あの老人がまた話し始める。
「向こうからこっちには、汽車は上れません。だから今は、落ちるように走ってるんですよ」
汽車は、加速していた。
崖に鉄道がかかるたび、下に明るい川が見えた。
その光に、ジョバンニの心は、少しだけやわらいだ。
小屋の前にぽつんと立つ子どもを見つけたとき、思わず「ほう」と声が漏れた。
汽車は、どこまでも走っていく。
乗客たちは、座席にしがみつきながら、身を後ろへ倒すようになっていた。
ジョバンニは、ふとカムパネルラを見て、ふたりで笑った。
天の川は、すぐ横を流れている。
ちらちらと光を散らしながら、ひそやかに、けれど確かに、寄り添っていた。
薄紅色の河原撫子が、線路のそばに咲いていた。
汽車はやがて、静かな調子を取り戻し、ゆっくりと走り出した。