鼠の恩返し


 「もう、黄色い道からそんなに離れていないと思うんだ」
 かかしが、眠るドロシーのそばに立って言った。
「川に流された場所のあたりまで、たぶん来てるはずだよ」

 そのときだった。
 ブリキの木こりが何か言おうとした瞬間、低いうなり声が風に乗って聞こえてきた。
 木こりは首を回した。蝶番はなめらかに動いた。

 そして――それは草の上を跳ねてくる。
 黄色い大きな獣。
 耳を寝かせ、口をぱっくりと開き、ぎらぎら光る赤い目。
 山猫だ。そう思った。
 なにかを追っているようだった。

 その前を、ちいさな灰色のものが走っていた。
 野ネズミだった。
 木こりは目を見張った。

 ――あんなに無害なものを追いまわすなんて。
 間違ってる。

 斧を持ち上げる。
 鋭く振り下ろすと、刃は獣の首を切り落とした。
 山猫の体は崩れ、足元に転がった。

 小さな野ネズミが立ち止まった。
 そして、ちょこちょこと歩いてきて、
 かすれるような声で言った。

「ありがとう。助かったわ。本当に……ありがとう」

「いや、いいんだ」
 ブリキの木こりは静かに答えた。
「心がないから、情けをかけたわけじゃない。ただ……困ってる人は、放っておけないだけだよ」

「ただのネズミって思ってるの!?」
 ネズミが跳ねるように叫んだ。
「わたしは女王なのよ!野ネズミたちの!」

「――ああ、そうだったのか」
 木こりは真剣に頭を下げた。

「あなたのしたことは、勇敢な行いで、偉大な行いなのよ」
 女王は誇らしげに言った。

 そのとき、あちこちの草むらから小さな音がした。
 何匹ものネズミたちが、砂粒のような足で駆けてきた。
 そして、女王の姿を見るなり、声をそろえて叫んだ。

「陛下!ご無事でしたか!ヤマネコにやられたかと思いました!」

 みんな、ぺたんと腹を地につけて頭を下げた。

「このブリキの男が助けてくれたのよ」
 女王は胸を張って言った。
「だからこれからは、彼のために働きなさい。小さな願いも、全部かなえてあげるのよ」

「ははっ!」
 ネズミたちが高い声で応えた。

 そのときだった。
 トトが目を覚ました。
 まわりにネズミがいると気づくと、すぐさま喜びの声をあげて、群れの中へと飛び込んだ。

 トトにとって、ネズミは追いかけるものであって、友達じゃなかった。

 ブリキの木こりはすぐにトトを抱き上げ、しっかりと抱きしめた。
 そしてネズミたちに呼びかけた。

「戻っておいで!大丈夫、トトはもう追いかけないよ!」

 女王が草むらから顔を出した。
 少しだけ首を傾けて、おそるおそる訊いた。

「ほんとに……噛まれない?」

「うん。僕が許さない。だから、安心して」
 木こりの声はやさしかった。

 ネズミたちは少しずつ戻ってきた。
 トトは吠えなかったけれど、腕の中でじたばたしていた。
 ブリキじゃなかったら、きっと噛みつかれていたかもしれない。

 そのとき、一番大きなネズミが前へ出てきた。
 そして言った。

「女王の命を救ってくださったお礼に、私たちにできることがあれば、どうか教えてください」


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