そこで考え出したのは、――道化でした。
それが、自分の、人間に対する、最後の求愛だったのです。
自分は、人間が怖かった。
恐ろしくて、たまらなかった。
けれども、それでも、人間を捨てきれなかった。
どうしても、思い切れなかった。
憎い。けれども、恋しい。
そんな矛盾のなかで、自分は、ずっと揺れ続けていました。
そうして、ようやく見つけたのが――道化でした。
笑うのです。
笑って、人の前に出る。
笑って、人間の輪に加わる。
しかし、内心は、もう瀬戸際でした。綱渡りでした。
それは演技でした。
千番に一つの賭けでした。
危機一髪の、死にものぐるいのサーヴィスでした。
油汗を流して、やっと保っていました。
子供の頃から、そうでした。
家族の者たちに対してさえ、自分は、いつも怯えていました。
彼等が、どんなふうに苦しみ、どんなふうに生きているのか、
まるで見当がつかない。ただ、怖ろしい。
その気まずさに堪えられず、早くも道化に逃げました。
自分は、気がつけば、もう本当のことを言わない子供になっていたのです。
一つも、本当のことを言わない子供になっていたのです。
家族たちと一緒に写った――古い写真があります。
皆は、まじめな顔をしています。
父も、母も、兄も、姉も、みんな黙って正面を見つめています。
けれども、自分だけが、笑っているのです。
不思議な顔で笑っているのです。
口をひんまげ、眼を細め、顔をしかめて、笑っている。
奇妙な笑いです。
わざとらしい、うすら哀しい、子供の笑いです。
それもまた、自分の、幼く、悲しい、道化の一つのかたちだったのでしょう。
また自分は、肉親たちに何か言われて、口応えをしたことが、いちども有りませんでした。
そのわずかな小言さえ、自分には、霹靂のように強く響きました。
――まるで、世界の終わりのように感じたのです。
気が狂いそうになる。
口応えどころではない。
その小言こそ、万世一系の「真理」のように思われる。
自分には、その真理を行う力が無いのだから、
もはや人間とは一緒に住めないのではないか、――そう思い込んでしまうのです。
だから、自分には、言い争いも、自己弁解もできませんでした。
人から悪く言われると、いかにももっとも、自分がひどい思い違いをしているような気がしてくるのです。
いつも、その攻撃を、黙って受け、
内心、狂うほどの恐怖を感じていました。
誰しも、怒られていい気はしないのかも知れません。
けれども、自分は違いました。
怒っている人間の顔に、獅子よりも、鰐よりも、竜よりも、
もっとおそろしい、動物の本性を見るのです。
ふだんは、それを隠している。
しかし、何かの拍子に、たとえば牛が草原でおっとり眠っていて、
不意に尻尾で虻を叩き殺すように――
怒りによって、その恐るべき正体を露わにする。
自分は、それを見るたびに、髪の毛が逆立つほどの戦慄を覚えました。
その本性もまた、人間の生きて行くための「資格」のひとつなのだとすれば、
自分には、それが無い。
――そう思うと、たちまち、絶望に沈むのでした。
人間に対して、いつも恐怖にふるえ、
自分の言動に、みじんの自信も持てず、
自分ひとりの懊悩を、胸の中の小箱に秘めて、
その憂鬱を、神経質を、――ひた隠しに隠して、
ただ、無邪気な楽天性を装い、
自分は、お道化たお変人として、少しずつ完成されて行きました。
何でもいい。
――笑わせておけばいいのだ。
そうすれば、人間たちは、自分が彼等の「生活」の外にいても、
あまり気にしないのではないかしら。
とにかく、目障りになってはいけない。
自分は無だ。風だ。空だ。
――そう思い詰めて、
自分は、お道化によって家族を笑わせました。
家族よりも、もっと不可解でおそろしい下男や下女にまで、
必死の、お道化のサーヴィスをしたのです。
ある夏の日、
浴衣の下に赤い毛糸のセエターを着て廊下を歩きました。
家中の者が、笑いました。
めったに笑わない長兄までが、それを見て噴き出し、
「それあ、葉ちゃん、似合わない」
と、たまらなく可愛いというような声で言いました。
なに、自分だって、真夏に毛糸のセエターを着て歩くほど、
暑さ寒さのわからない変人ではありません。
姉の脚絆を両腕にはめて、浴衣の袖口から覗かせていたのです。
――それでもう、セエターを着ているように見せかけていたのでした。