第一の手記 4


 けれども、――ああ、学校。

 そこでも、自分は、――また、尊敬されかけていたのです。

 それが、恐ろしかった。

 ――たまらなく、怖ろしかった。

 尊敬――

 その言葉には、いつも、震えがありました。

 自分の定義では、

 それは、――ほとんど完全に人をだました者が、

 ただ一人の、全知全能の誰かに見破られて、

 木っ端みじんにやられる、

 死ぬより赤い恥をさらされる、

 ――そういう状態の前触れだったのです。

 だます。

 ――だまして、笑わせる。

 ――だまして、好かれる。

 ――だまして、尊敬される。

 けれども、誰か一人は知っている。

 自分の仮面の裏を、冷たく、じっと、見ている。

 ――その者が、皆に話したら?

 ああ、その時の怒り。

 ――その復讐は、どんなに恐ろしいか。

 想像するだけで、

 ――自分は、身の毛がよだつ心地になるのです。

 自分が、学校で「できる奴」と言われ出したのは、――どうやら、その家が金持ちだったというよりも、

 試験の成績が、ひどくよかったからのようでした。

 自分は、子供の頃から病弱で、

 一月、二月――ときには一年まるごと、寝込んでいたことさえありました。

 けれども、病み上がりのからだを人力車に乗せ、

 学校へ行き、試験だけ受けると、

 なぜか、クラスの誰よりも――できている。

 それが、始まりでした。

 からだの調子がよい時でも、

 自分は、勉強などしませんでした。

 授業中には、ただ漫画ばかり書いて、

 休み時間には、それをクラスの者たちに見せ、説明して――笑わせていました。

 綴り方も、ふざけてばかり。

 滑稽噺の連発で、先生から注意を受けても、やめなかった。

 ――やめなかったのには、理由があるのです。

 先生が、ほんとうは、こっそりそれを楽しみにしているのを、

 自分は知っていたからでした。

 ある日、自分は、例によって、

 母に連れられ上京した汽車の中でのお話――

 客車の通路に置いてあった痰壺に、わざと、おしっこをしてしまった顛末を、

 いかにも悲しげな筆致で、ことさら哀れっぽく書きました。

 ――もちろん、痰壺と知らなかったわけではないのです。

 知っていて、やった。

 子供の無邪気を装って、ふざけて、やった。

 それを提出して、

 きっと笑うはずだという確信があったので、

 自分は先生のうしろを、そっと――

 音も立てずについて行きました。

 先生は、廊下に出るとすぐ、

 自分のその綴り方を、他の子の作文の束から抜き出し、

 歩きながら読みはじめ、――クスクスと笑い、

 やがて職員室に入ると、急に笑い声を大きくし、

 他の先生にも、それを読ませているのを――自分は、物陰から、じっと見ていました。

 その時の満足――

 あれが、――たまらなかったのです。


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