「彼」の描く絵は、鮮やかだが透き通っており、力強さというよりは爽やかな印象を与えるものだった。
対して私の描く絵は、陰鬱さを全面に出し、抱え込んだ内情を暗いコントラストで表現していて、彼の絵とは対極に位置するものであった。
今日も一人で美術室に籠り、校門が閉まるまで絵の練習に打ち込んだ。
私は彼の絵と、彼の澄みきった人としての気質に惹かれつつ、そこに静かな対抗心を燃やし続けている。
彼のどこまでも陰りのない笑顔は私を無条件に肯定し、彼の眩いほどの明るさは、同時に私の存在価値を揺らがす。
彼のことを考えると、ほかのどうでもいいような雑念が消え、かえって絵を描くことに集中できた。
「あれ、みのりいたんだ」
引き戸を静かに閉めると、「彼」は迷いのない足取りで私の傍まで来た。
「いまのこれって、何を表そうとしてるの?」
彼はそう言ってキャンバスの中央を指さし、殴り書きに似た、汚い赤と黒の交錯した抽象的な図形を、わざとらしいほど真剣な表情で凝視していた。
「この真ん中のは、今の私の『反抗心』っていうか、なんか悔しいけど自分の成長にまだ希望を持ってる、っていうことを表してる」
「悔しいって、ほかの人の描いた絵と比べてってこと?」
「うん、そんな感じだよ。まゆちゃんもそういう感情を持つことあるでしょ?」
「えー、私はあんまりないかなー。自分の好きな絵が描ければそれでいいしね」
「彼」こと、まゆちゃんはおもむろに学生カバンからスケッチブックを取り出し、鉛筆で描かれた丸まってる猫の背中の絵を見せてきた。
いつものような水彩画ではないから、彼の絵特有の爽やかさはあまり感じられなかったが、シンプルでありながら彼の絵のもつ性格はよく表れていた。
「やっぱりまゆちゃんって、なにで描かせても上手いね。質感もちゃんと出てるし。特に猫とか犬とかはめちゃくちゃ得意だよね」
彼の絵を素直に褒めたい気持ちに従って出た言葉だが、その裏にはやはりどこかで認めたくないという反抗心もあった。
私は彼のことが好きだということに、いつまでも気づきたくなかった。
彼の横顔は、私を見下ろすためだけに整えられたような造形をしていて、直視できないほど美しかった。
だがその美しさは、女性のというよりは、中性的な、いや性別すら超越するほどの妖艶さを放っている。
どんなに有名な彫刻作品も、どんなに美しいと評される絵画も、彼の前に敵うものは何一つとしてない。
まゆちゃんの本来の性別は女だが、私の歪みきった身勝手な願望から、意識的に男として接するようにしている。
性別にとらわれない恋ほど美しいものはないのだと、そのどこまでも尊い想いを絵で表せるように、練習を重ねている節もあるのかもしれない。