同じ頃また自分は、銀座の或る大カフエの女給から、思いがけぬ恩を受けました。
たった一度、逢っただけなのに。
それでも、その恩にこだわり、やはり身動き出来ないほどの、心配やら、空おそろしさを感じていたのでした。
その頃になると、自分も少しは変っていました。
敢えて堀木の案内に頼らずとも、ひとりで電車にも乗れるし、また歌舞伎座にも行けるし、絣の着物を着てカフエにだってはいれるくらいの――
多少の図々しさを、装えるようになっていたのです。
心の中では、相変らず。
人間の自信と暴力とを怪しみ、恐れ、悩みながらも。
うわべだけは、少しずつ、他人と真顔の挨拶――
いや、ちがう。
自分はやはり、敗北のお道化の苦しい笑いを伴わずには、挨拶できないたちなのでした。
けれども、それでも、とにかく。
無我夢中の、へどもどの挨拶でも。
どうやら出来るくらいの「伎倆」を。
れいの運動で走り廻ったおかげ?
または、女の?
または、酒?
けれども、おもに金銭の不自由のおかげで、修得しかけていたのです。
どこにいても、おそろしくて。
かえって、大カフエで、たくさんの酔客、または女給、ボーイたちにもまれ。
まぎれ込む事が出来たら。
自分のこの、絶えず追われているような心も、落ちつくのではなかろうか、と。
十円持って、銀座のその大カフエに。
ひとりで、はいりました。
笑いながら、相手の女給に。
「十円しか無いんだからね、そのつもりで」
と言いました。
「心配要りません」
どこかに、関西の訛がありました。
そうして、その一言が。
奇妙に、自分の、震えおののいている心を、しずめてくれました。
いいえ。
お金の心配が、要らなくなったからではありません。
そのひとの傍にいる事に、心配が要らないような気がしたのです。
自分は、お酒を飲みました。
そのひとに安心していたので。
かえって、お道化など演じる気持も起らず。
自分の地金の、無口で陰惨なところを、隠さず見せて。
黙って、お酒を飲みました。
「こんなの、おすきか?」
女は、さまざまの料理を、自分の前に並べました。
自分は、首を振りました。
「お酒だけか? うちも飲もう」
秋の、寒い夜でした。
自分は、ツネ子(といったと覚えていますが、記憶が薄れ、たしかではありません。情死の相手の名前をさえ忘れているような自分なのです)に言いつけられたとおりに。
銀座裏の、或る屋台のお鮨屋で。
少しもおいしくない鮨を食べながら、そのひとを待っていました。
――そのひとの名前は、忘れても。
その時の鮨のまずさだけは、どうした事か、はっきり記憶に残っています。
そうして、青大将の顔に似た顔つきの、丸坊主のおやじが。
首を振り振り、いかにも上手みたいに、ごまかしながら鮨を握っている様子も。
眼前に見るように、鮮明に思い出されます。
後年、電車などで、はて見た顔だ、といろいろ考え。
なんだ、あの時の鮨屋の親爺に似ているんだ、と。
気が附き、苦笑した事も、再三ありました。
あのひとの名前も、また、顔かたちさえ記憶から遠ざかっている現在なお。
あの鮨屋の親爺の顔だけは、絵にかけるほど正確に覚えているとは。
よっぽどあの時の鮨がまずく、自分に寒さと苦痛を与えたものと思われます。
もともと、自分は。
うまい鮨を食わせる店というところに、ひとに連れられて行って食っても。
うまいと思った事は、いちどもありませんでした。
大き過ぎるのです。
親指くらいの大きさに、キチッと握れないものかしら。
と、いつも考えていました。
本所の、大工さんの二階を。
そのひとが、借りていました。
自分は、その二階で。
日頃の、自分の陰鬱な心を、少しも隠さず。
ひどい歯痛に襲われてでもいるように、片手で頬をおさえながら。
お茶を飲みました。
そうして、自分のそんな姿態が。
かえって、そのひとには、気にいったようでした。
そのひともまた。
身のまわりに、冷たい木枯しが吹いて。
落葉だけが、舞い狂い。
完全に、孤立している感じの女でした。
一緒にやすみながら、そのひとは語りました。
――自分より、二つ年上であること。
――故郷は、広島。
――あたしには、主人があるのよ。
――広島で、床屋さんをしていた。
――昨年の春、一緒に東京へ、家出して逃げて来た。
――主人は、東京で、まともな仕事をせず。
――そのうちに、詐欺罪に問われ。
――刑務所にいるのよ。
――あたしは毎日、何やらかやら差し入れしに、刑務所へ通っていたのだけれども。
――あすから、やめます。
そんなふうに、物語るのでしたが。
自分は、どういうものか。
女の身の上噺というものには、少しも興味を持てないたちで。
それは、女の語り方の下手なせいか。
つまり、話の重点の置き方を、間違っているせいなのか。
とにかく、自分には。
つねに、馬耳東風なのでありました。