さびついた声


 目を開けると、木のすき間から光が差し込んでいた。

 風が止まっていて、葉のざわめきもなかったけれど、遠くでトトの足音がしていた。何か小さな動物でも追いかけているのかもしれない。姿は見えなかったけれど、音だけはやけに元気だった。

 私はゆっくりと身体を起こし、辺りを見渡した。

 かかしが、あのままの姿勢で立っていた。隅っこで、動かずに、ずっと私を待っていたらしい。

「水を探しに行かなきゃ」

 私が言うと、かかしはじっとこちらを見たまま、静かに首を傾けた。

「なぜ水が欲しいのですか?」

「顔についた埃を洗いたいし……。それに、パンが喉につかえるから」

 かかしはうなずいて、しばらく考えるようにしてから言った。

「肉でできているというのは、不便ですね。寝たり、食べたり、飲んだり。いろいろ必要なんでしょう。でも……脳がある。考えられるのは、努力するだけの価値があるものですよね」

 私はそれには何も答えなかった。

 そして二人で、木の間を歩いていった。

 やがて、小さな泉が見つかった。静かな流れの、その水に私は指を浸し、そっと顔を洗った。

 トトが走ってきて、水を飲んだ。

 私はパンを少しちぎって口に入れたけれど、あまり残っていないことに気づいた。かごの中をのぞくと、ほんの少ししかなかった。かかしが食べないでいてくれて、よかったと思った。

 私とトトには、ほとんど足りなかったから。

 食事を終えて、黄色い道へ戻ろうとしたそのときだった。

 ――うめき声。

 すぐ近くで、誰かがうめいたような低い音がして、私は思わず立ち止まった。

「……今の、なに?」

 かかしは首をかしげた。

「想像もつきません。でも行って、見てみましょう」

 ちょうどそのとき、また違ううめき声がした。さっきより少し大きく、はっきりしていた。後ろの方から聞こえた。

 二人でそちらに向かって数歩歩くと――

 木のすき間から光が差し込んでいて、その光の中に、何かが銀色にきらりと光っていた。

 私は走った。けれど、途中でぴたりと止まり、小さな声が漏れた。

 そこにいたのは、斧を両手に持ったまま動かない、銀色の男だった。

 全身がブリキでできていて、まるで像みたいに、ぴたりと止まっていた。切りかけの木のそばで、腕も脚も固まったまま。顔も、少し上を見たままだった。

 かかしが近づき、私もその隣に立った。

 トトは吠えながらブリキの脚に噛みついて、すぐに後ろへ飛びのいた。どうやら歯を痛めたらしい。

「あなた、うめきました?」

 私が尋ねると、ブリキの男はかすれた声で、はっきりと答えた。

「ええ……そうです。ずっと……一年以上も、うめいてきました。でも、誰にも……聞こえなかった」

 その声を聞いたとたん、胸の奥が少しだけ締めつけられた。さびしい声だった。

「何か、探してるんですか?」

 私は、できるだけやさしい声で訊いた。

 男は、少し間をおいて答えた。

「小屋の棚にあるオイル缶を取ってきてほしい。関節が全部さびて、動けない。油をさしてくれたら、きっと……元に戻れる」

 私はすぐに引き返して、小屋の棚からオイル缶を持って戻った。

「どこにさせばいいの?」

「まず、首に」

 私はそっと油を垂らした。かかしが男の頭を優しく持って、左右に動かし始めた。だんだん、動くようになっていった。

 男は自分で首を動かせるようになった。

「次は腕の関節に」

 かかしに言われて、私は腕にも油を差した。

 同じように、かかしがゆっくり曲げて、さびを取っていった。

 ブリキの男が、小さく息をついた。

 そして、斧をようやく下ろして、木に立てかけた。

「本当に……うれしい。錆びてからずっと、斧を持ち上げたままだったんです。腕がようやく下りて……こんなに楽になるなんて」

「脚の関節にも油を」

 私たちは言われたとおりにして、ブリキの男はようやく、全身を自由に動かせるようになった。

 男は、何度も何度もお礼を言った。

「誰も来てくれなかったんです。もしあなたたちが来なかったら、私は永遠に、ここに立ったままだったでしょう」

「私たち、エメラルドの都に向かってるんです。オズに会いに」

 そう答えると、男は少し黙った。

「なぜ、オズに?」

「私はカンザスに帰りたい。かかしは、脳がほしいの」

 男は少し考えてから訊いた。

「オズは……私に心をくれると思いますか?」

「たぶん、くれると思う。かかしに脳をくれるなら、きっと」

 その言葉を聞くと、男はうなずいた。

「じゃあ……君たちの仲間に入れてもらえるかな。エメラルドの都に行って、オズにお願いしたいんだ」

「もちろん!」とかかしが言った。

 私もうなずいた。

 ブリキの男は斧を肩にかけて、私たちと一緒に森を抜けていった。

 そしてまた、黄色いレンガの道に戻った。陽が高くなっていた。


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