はじめて、男妾のような生活を送りました。
シヅ子。雑誌社に勤めている女記者でした。
その彼女が新宿の職場へ出かけているあいだ、自分は五つになる女の子、シゲ子と二人きりで留守番をしていました。
それまでは、母親のいない時間、シゲ子はアパートの管理人の部屋で遊んでいたようです。
けれど、その部屋に、気の利いたおじさんが現れた。
その男が遊び相手になってくれたらしく、シゲ子はずいぶん上機嫌でした。
自分です。
自分は、その部屋に居座り、一週間ほど、ぼんやりと日を過ごしていました。
アパートの窓のすぐそばの電線に、奴凧がひとつ、引っかかっていました。
春の埃風にあおられ、少しずつ破れ、それでもしつこく電線にからみついて離れない。
その姿が、どこか自分に似ているようにも思えました。
ときおり、うなずいているように見えることもありました。
見るたびに、胸が苦しくなった。
笑ってしまうのです。
けれど同時に、赤面していました。
夢にまで出てきて、目を覚ましたこともあります。
「お金が、ほしいな」
「……いくら位?」
「たくさん。金の切れ目が縁の切れ目って、ほんとうのことだよ」
「ばかばかしい。そんな、古くさい……」
「そう? でも、君にはわからないんだ。このままでは、僕、逃げるかもしれない」
「いったい、どっちが貧乏なのよ。そうして、どっちが逃げるのよ。へんねえ」
「自分でかせいで、その金で、お酒を。いや、煙草を買いたい。絵だって、僕は、堀木なんかより、よほど上手なつもりなんだ」
こうして言葉を重ねながらも、頭に浮かんでくるのは決まっていました。
中学時代に描いた、竹一のいわゆる「お化け」の自画像です。
何枚かありました。
けれど、それらは引越しを重ねるなかで、とうに失われてしまいました。
それでも、自分にとっては確かに、あれが傑作だったのです。
あれ以来、いろいろ描いてみました。
けれど、どうしても、あの思い出の絵には及ばなかった。
胸が空っぽになるような、だるい喪失感。
それに、ずっと悩まされていました。
飲み残した、一杯のアブサン。
自分は、その償いがたい感覚に、そう名を与えていました。
心の底に、黙って抱えていたものです。
絵の話になると、そのアブサンが眼前にちらついてきます。
ああ、あの絵をこの人に見せたい。
それで、自分の画才を信じさせたい。
けれど、それはできなかった。
焦って、もだえながら、結局話題を変えることになります。
「漫画さ。すくなくとも、漫画なら、堀木よりは上手いと思ってる」
道化のような言い草でした。
けれど、そう言ってしまったほうが、かえって信じてもらえる気がしました。
「そうね。私も実は感心してたの。シゲ子にかいてやってる漫画、つい私まで笑ってしまう。やってみたら? 私の社の編集長に、たのんであげてもいいわ」
その雑誌社では、子供向けの月刊誌を出していました。
あまり知られてはいない、地味な雑誌でした。
……あなたを見ると、たいがいの女のひとは、何かしてあげたくなってしまう。
おどおどしてて、それでいて、滑稽家。
ひとりで、ひどく沈んでいる。
そのさまが、女の心を、かゆがらせる。
そんなふうに言われました。
おだてられても、嬉しくはなりません。
むしろ、気が滅入りました。
それがつまり、男めかけの特質なのです。
穢らわしいのです。
そう思えばこそ、ますます「沈む」ばかりで、元気など出ようはずもありませんでした。
女より金。
どうにかして、シヅ子から離れたい。
自活したい。
そう願って工夫しました。
けれど逆でした。
ますます、シヅ子に頼るしかなくなってしまったのです。
家出の後始末。
身の回りの整理。
何から何まで、シヅ子に面倒を見てもらいました。
自分はますます、シヅ子に対して、おどおどしなければならなくなったのです。
やがて、シヅ子の取り計らいで、ヒラメ、堀木、それにシヅ子。
三人の会談が成立しました。
それによって、自分は故郷と完全に縁を切られた。
そして、シヅ子との同棲生活が「天下晴れて」始まりました。
また、これもシヅ子の奔走によるものでしたが、自分の漫画が案外金になりました。
その金で、お酒も、煙草も買うことができました。
けれど、心細さは募るばかりでした。
うっとうしさも、ひどくなっていくばかりでした。
すっかり「沈み」に沈み切っていました。
雑誌に連載中の「キンタさんとオタさんの冒険」を描いている最中でした。
ふと、故郷の家を思い出しました。
あまりのわびしさに、ペンが止まりました。
うつむいて、涙がこぼれました。
そういう時。
自分にとって、かすかな救いは、シゲ子でした。
シゲ子は、いつの間にか、ためらいもなく言うようになっていました。
「お父ちゃん」――と。