木こりの涙


 ライオンが、尻尾で目元をぬぐった。涙がにじんでいた。

「分かっています」
「それが悲しいんです」
「だから私は不幸なんです」
「でも……危ないことがあると、胸が、どくどくするんです」

 私はそっと息をのんだ。木こりを見た。

「たぶん、それは心臓病だ」と木こりが言った。

「そうかもしれません」とライオンが答えた。

 木こりが、まっすぐに見つめた。

「それなら、よかったじゃないか」
「心がある証拠だ」
「私は心がないから、病気にもなれないんだ」

 ライオンは黙ったまま考えていた。

「もし、心がなかったら……」
「私は、こんなに臆病じゃなかったかもしれません」

 かかしが口を開いた。

「君、頭はあるの?」

「たぶん、あります」
「でも……見たことはありません」

「僕はオズに会って、本当の頭をもらうんだ」と、かかしが言った。

「私は、心を」と木こり。

「私は……」
 声が少し震えた。
「カンザスに帰りたい。トトと一緒に」

 ライオンが私を見た。

「オズは、私にも勇気をくれるでしょうか」

 かかしが笑った。

「簡単さ。脳みそをくれるくらいなんだから」

「あるいは、心をね」と木こり。

「あるいは、カンザスへの道を」と私。

 ライオンが目を伏せた。

「皆さんがいいなら……」
「私もご一緒していいですか」
「少しの勇気がないと、生きるのがつらいんです」

 私は大きくうなずいた。

「もちろんよ。大歓迎だわ」
「だって、あなた、あの野獣たちを追い払ってくれたじゃない」
「あの子たちのほうが、あなたよりよっぽど臆病に見えたもの」

「たしかに、そうかもしれません」
 ライオンはちいさく笑った。
「でも……私は自分を臆病だと思っています」
「それがいちばん、悲しいんです」

 私たちは再び歩き出した。

 ライオンが私のそばにいた。
 大きな体だったけれど、足どりはおだやかだった。

 最初、トトはライオンを怖がっていた。
 たぶん、あのとき吠えられたのを覚えていたのだと思う。

 けれど、だんだんと慣れてきて、いつのまにか仲良くなった。
 ふたりはよくじゃれあっていた。

 その日の旅は平穏だった。
 危ないことは、ひとつも起こらなかった。

 ただ、一度だけ。
 ブリキの木こりが、小さな甲虫をうっかり踏んでしまった。

 私はそれを見てしまった。
 虫は、ぺしゃんこになった。

 木こりはその場に立ちつくした。
 そして、涙をこぼした。

 涙は頬を伝い、あごの関節にたまった。
 そこが錆びついて、動かなくなった。

「どうしたの?」
 私はたずねた。けれど、彼は返事ができなかった。

 口が開かなかったのだ。

 ライオンも困っていた。何が起きたのかわからない様子だった。

 でも、かかしが気づいた。
 私のバスケットから油の缶を取り出し、そっと木こりのあごに注いだ。

 しばらくして、木こりが言った。

「ありがとう」

 声はかすれていた。けれど、たしかに聞こえた。

「もう大丈夫」
「気をつけよう。地面をよく見るよ」
「また虫を踏んだら、私はまた泣く」
「泣いたら、また錆びつく」
「だから、足元には気をつけないとね」

 それからの木こりは、とても静かに歩いた。
 地面を見ながら、アリを見つけると、そっと避けた。

 彼は心のことを、ずっと気にしていた。

「心があると、正しいことがわかるんですね」
「でも、私は持っていません」
「だから、間違えないように気をつけないといけないんです」
「オズが心をくれたら……」
「私は、もっと自然に生きられると思います」


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