けれども、その時以来、自分は妙な考えを持つようになりました。
世間とは、個人ではないか。
つまり、自分のような人間の、ただの寄せ集めではないのかと。
そう思うようになったのです。
そして、それを思いはじめてから、自分は少しだけ変わりました。
前より、ほんの少しですが、自分の意志で動けるようになったのです。
シヅ子の言葉を借りて言えば、
自分は少し、わがままになった。
そして、おどおどしなくなった。
堀木の言葉では、へんにケチになった。
また、シゲ子の言葉では、あまりシゲ子を可愛がらなくなった。
そんなふうに、他人の目にも、何かが変わったのだと思います。
無口で、笑わず、毎日ただシゲ子の相手をしていました。
黙って、黙って、育児のような時間を送りました。
その傍らで、自分は漫画を描き続けていました。
「キンタさんとオタさんの冒険」。
「ノンキ和尚おしょう」。
そして、「セッカチピンチャン」。
どれも、取るに足らぬくだらぬ作品でした。
自分でつけた題が、もはや自分にも意味がわからない。
やけくそのような仕事ぶりでした。
それでも、描くしかありませんでした。
ぽつりぽつりと注文が来ていました。
シヅ子の社以外からも依頼が来るようになっていました。
しかし、それらはすべて、シヅ子の社よりももっと下品な出版社でした。
三流、いや、もっと下の――。
陰鬱な気持でした。
のろのろと描く日々が続きました。
自分は、絵を描くのが非常におそいほうだったのです。
それでも描きました。
酒代がほしかった。
ただ、それだけでした。
夜になると、シヅ子が仕事から帰ってくる。
それと交代するように、自分は外に出る。
高円寺の駅近くの屋台。スタンド・バア。
安くて強い酒を飲む。
酔って、陽気になったふりをして、アパートに戻る。
それが毎夜の決まりでした。
シヅ子にこう言うのです。
「見れば見るほど、へんな顔をしているねえ、お前は。ノンキ和尚の顔は、実は、お前の寝顔からヒントを得たのだ」
するとシヅ子は、
「あなたの寝顔だって、ずいぶんお老けになりましてよ。四十男みたい」
そう笑う。
「お前のせいだ。吸い取られたんだ。
水の流れと、人の身はあサ。
何をくよくよ川端やなあぎいサ」
しかし、シヅ子は落ちついている。
まるで、相手にしない。
「騒がないで、早くおやすみなさいよ。それとも、ごはんをあがりますか?」
「酒なら飲むがね。
水の流れと、人の身はあサ。
人の流れと、いや、水の流れえと、水の身はあサ」
唄うように言いながら、シヅ子に衣服を脱がされる。
そのまま、シヅ子の胸に額を押しつけて、眠ってしまう。
それが、自分の日常でした。
してその翌日も同じ事を繰返して、
昨日に異らぬ慣例に従えばよい。
即ち荒っぽい大きな歓楽を避けてさえいれば、
自然また大きな悲哀もやって来ないのだ。
ゆくてを塞ぐ邪魔な石を
蟾蜍は廻って通る。
これは、上田敏訳のギイ・シャルル・クロオとかいう詩人の言葉でした。
自分は、これを読んだとき、顔が熱くなって、ひとりで赤くなりました。
蟾蜍。
(それが自分だ。世間がゆるすも、ゆるさぬもない。葬むるも、葬むらぬもない。
自分は、犬よりも猫よりも劣等な動物なのだ。蟾蜍。のそのそ動いているだけだ)
自分の飲酒は、ますます激しくなりました。
高円寺だけでは飽き足らず、新宿、銀座にも出向いて飲み、泊まりもする。
慣例など、もう無用なのだとでもいうように。
バアでは無頼漢の真似をし、見境なくキスをし、
つまり、また、あの情死以前の――いや、さらに劣悪な、荒みきった自分へと逆戻りしていたのです。
ついには、金に困って、シヅ子の衣類を質屋に持ち出すまでになっていました。
あの破れた奴凧に苦笑してから、もう一年以上が経っていました。
葉桜のころ。
またも、自分はシヅ子の帯や襦袢をこっそり持ち出し、
質に入れて金を作り、銀座で飲み、二晩つづけて帰らず。
三日目の晩、さすがに胸騒ぎを覚えて、
無意識に足音を忍ばせ、アパートの部屋の前まで戻ると――
なかから、シヅ子とシゲ子の会話が聞こえました。
「なぜ、お酒を飲むの?」
「お父ちゃんはね、お酒を好きで飲んでいるのでは、ないんですよ。あんまりいいひとだから、だから、……」
「いいひとは、お酒を飲むの?」
「そうでもないけど、……」
「お父ちゃんは、きっと、びっくりするわね」
「おきらいかも知れない。ほら、ほら、箱から飛び出した」
「セッカチピンチャンみたいね」
「そうねえ」
そのとき聞こえた、シヅ子の、
心の底から滲み出るような、小さな幸福の笑い声――
それが、自分には、まるで遠い昔の音楽のように思われて、
どうにも動けなかったのでした。