流されて、離れて、なお──


 朝の空気はひんやりして、なのに胸の奥が明るかった。
 目を覚ましたとき、体は軽く、目に映る世界はすべて柔らかく輝いて見えた。

 私は桃とプラムをひとつずつ摘んだ。昨夜、木のそばで見つけたやつ。
 それを少しだけ、ゆっくりとかじった。まるで夢みたいに甘かった。

 後ろには、うねうねと暗くて息の詰まる森。
 でも目の前には、陽の光がふんだんに降りそそぐ野原が広がっていて、緑が風にそよいでいた。
 そのずっと向こうには、たぶんエメラルドの都があるのだと思った。

 問題は、川だった。
 深くて、広くて、急な流れ。
 でも、いかだがもうすぐ完成するところだった。

 ブリキの木こりが黙々と木を切り、丸太を並べて、木のピンで留めていく。
 私は真ん中に腰をおろし、トトをしっかり抱いた。
 ライオンが乗ったとき、ぐらっといかだが傾いた。

 重いんだ、あの子。

 でも、木こりとかかしが反対側に立って、バランスを取った。
 それから、長い棒でゆっくりといかだを押し出した。

 最初は、ちゃんと進んでいた。
 けれど川の真ん中あたりで、流れが急に速くなった。
 いかだは道から離れて、どんどん下流へ流されていった。
 それに、棒が底に届かなくなった。

「これはまずい」
 ブリキの木こりが口を開いた。
「もしこのままだと、西の悪い魔女の国に行ってしまうかもしれない。魔法で操られて、奴隷にされるかもしれない」

「脳みそ、もらえなくなるなあ」と、かかし。

「勇気が、手に入らない」と、ライオン。

「心も、だめか」と、木こり。

「それに、私……カンザスに帰れなくなる」

 私の声は、自分でも驚くほど小さかった。

 かかしが「とにかく、都へ行かなきゃ」と言って、棒を力いっぱい突いた。
 それが泥に刺さって、棒は動かなくなった。

 いかだは流れに引かれて、そのまま進んだ。
 かかしだけが棒にしがみついて取り残された。

「さようなら!」

 ブリキの木こりが叫んだ。
 私は唇を噛んだ。
 どうして、こんなことになったんだろう。

 木こりの目が潤んでいた。けれどすぐに私のエプロンで涙をぬぐった。
 錆びるから。泣けないのだ。

 かかしは、ただ水の上で揺れていた。
 孤独に、ゆらゆらと。

(あの時より、ひどい)

 かかしは、そう思ってるかもしれない。
 トウモロコシ畑の柱にいたころよりも。
 あの時は、まだ地面に立っていたのに。
 今はただ、水の中の棒につかまっているだけ。

 いかだは川を下っていく。
 かかしは小さく、遠くに消えそうだった。

「助けなきゃ」
 ライオンが言った。

「私の尻尾をつかんでいて。泳いで岸まで行く」

 木こりが尻尾をつかみ、ライオンは川に飛び込んだ。
 私は、息をのんだ。

 水は冷たくて、流れは速かったけれど、ライオンはまっすぐ泳いだ。
 ようやく岸が近づいて、私は棒を拾って、いかだを押すのを手伝った。

 岸にたどり着いたとき、草の上に倒れ込んだ。
 息が切れて、喉が焼けそうだった。
 でも、たどり着けた。

 川は、私たちをずっと道から遠ざけてしまっていた。
 黄色いレンガの道は見えない。

「どうしようか?」と、木こり。

 ライオンは太陽の光を浴びながら体を乾かしていた。

「どうにかして、道に戻らなきゃ」
 私は言った。

「川に沿って歩けば、また道に会えるかもしれない」
 ライオンが言った。

 一休みしてから、私はかごを持って土手を歩き始めた。
 野の花が咲き乱れて、果物の木もたくさんあった。
 太陽の光が、背中を押してくれるようだった。

 でも、かかしのことを思うと、心が痛んだ。
 花を摘んで立ち止まったのは一度だけだった。

「見て!」
 ブリキの木こりが叫んだ。

 私は走って、川を見た。
 かかしがいた。
 棒の上で、ぽつんと。
 すごく遠くて、すごく悲しそうだった。

「どうすれば助けられるの?」

 私は聞いたけど、ライオンも木こりも答えなかった。
 二人とも、首を横に振った。

 そのときだった。

 空から、ひとすじの影が舞い降りてきた。
 大きなコウノトリだった。

 私たちを見て、水辺に舞い降りた。

「あなたたちは誰? どこへ行くの?」

 コウノトリの声は、すごく澄んでいた。


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