ケシの花の眠り


 「私、ドロシーっていうの」

 そう言いながら、私は二人の仲間を順に見た。

 「それで、こちらがブリキの木こり。こっちは臆病なライオン。今、私たち、エメラルドの都へ行くところなの」

 コウノトリは首をかしげた。あきらかに興味深そうに、でもちょっと鋭く、私たちの一行を見つめていた。

 「ここ、道じゃないわよ」

 「知ってる。……でも、かかしが川に落ちちゃって」

 言いながら、自分でも困ってしまっていた。どうやって、また連れて帰ればいいのか、見当がつかなかった。

 「どこ?」

 コウノトリが言った。

 「ほら、あそこ。川の真ん中。あの棒につかまってるの」

 目を向けると、まだ流されずにいた。揺れているけれど、ちゃんとそこにいた。

 「ふむ……もし彼がそんなに大きくて重くなければね。そしたら、助けてあげられるのに」

 コウノトリの言葉に、私は慌てて首を振った。

 「そんな、重くないわ。だって、わらの人形なの。軽いのよ、本当に」

 思わず前に出ていた。お願い、という気持ちだけで言葉が出ていた。

 「お願い、連れてきてくださったら、私たち、すごく感謝すると思う」

 コウノトリは小さくうなずいた。

 「やってみる。でも、もし無理だったら、また川に戻すよ」

 それだけ言って、大きな翼を広げ、空へ――そして水面のほうへ滑っていった。

 しばらくして、彼はかかしのそばへたどり着いた。棒にしがみついているその腕を、爪でうまくつかんで、ふわりと宙へ浮かせた。

 そして、私たちのいる岸辺まで連れてきてくれた。

 かかしは、もう、うれしそうで。帰ってくるなり、ライオンもトトも、みんな、ぎゅっと抱きしめた。

 そのまま一緒に歩き出すと、彼は一歩ごとに歌をうたった。

 「トルデリデオー!」

 あまりに楽しそうだったから、私まで笑ってしまった。

 「本当に……川の中にずっといることになるかと思ったんだよ」

 そう言いながら、かかしは空を見た。

 「でも、コウノトリが助けてくれた。もし僕に脳みそが手に入ったら、いつか絶対、お礼しに行くよ」

 「そんなことしなくていいのよ」

 すぐそばを飛んでいたコウノトリが、そう言った。

 「困ってる子がいたら、助けるのが一番。……でも、そろそろ帰らなきゃ。赤ちゃんたちがお腹すかせて待ってるから。……エメラルドの都、見つかるといいね。オズがきっと、何とかしてくれるよ」

 「ありがとう」

 私がそう言った瞬間、コウノトリはふわりと上昇して、そのまま空に吸いこまれていった。

 空の色が、少し明るくなった気がした。

 それから、また歩き出した。

 鳥たちの声が、色とりどりの花の上を通りすぎていく。

 花は、まるで地面そのものみたいに咲き誇っていた。黄色に白、青、紫――そして赤。

 とくに、深紅のケシの花は、目に焼きつくような鮮やかさだった。

 「きれいよね?」

 私は、ふわっと香ったその匂いを吸いながら、つい声に出していた。

 「うん……脳みそがあったら、もっと好きになれそうだな」

 かかしが言った。

 「私に心があれば、愛せるのにね」

 ブリキの木こりも、小さくつぶやいた。

 「昔から好きだったんだ、花」

 ライオンがふと呟いた。

 「ちっちゃくて、弱そうで……だけど、森の中には、こんなに明るい花なんてない」

 気づくと、赤いケシの花ばかりが広がっていた。他の色が、少しずつ見えなくなっていく。

 そのうちに、私たちはケシの海の真ん中にいた。

 あんなに美しいのに――

 でも、知らなかった。

 たくさんのケシが一度に咲くと、香りがあまりにも強くて、吸い込んだら眠ってしまうなんて。

 それも、永遠に。

 眠りながら、そのまま目を覚まさない人だっているなんて。

 私は、そんなこと、知らなかった。

 逃げ場もなかった。

 花は、どこまでも咲いていて、どこを見ても赤かった。

 だんだん、目が重くなってきた。

 立っているのがつらくなって、座りたくなった。少しだけ、休めば――

 でも、ブリキの木こりが、私の手を引いた。

 「急ごう。暗くなる前に、黄色いレンガの道に戻らなきゃ」

 かかしも、うなずいていた。

 私はついていこうとした。でも、脚が動かなくなっていた。

 そのまま、目を閉じてしまって――

 気づいたら、花の中に倒れていた。

 眠っていた。

 「どうしよう?」

 ブリキの木こりの声が聞こえた。

 「ここにいたら、死んじゃうよ」

 ライオンの声だった。

 「……匂いでやられる。私も、目が開いていられない。犬はもう眠ってる」

 見下ろすと、トトが私のそばで横たわっていた。

 でも、かかしとブリキの木こりは平気だった。花の香りは、彼らには効かない。

 「すぐに走って」

 かかしがライオンに言った。

 「ここから出るんだ。私たちはドロシーを連れていく。でも、君は重いから、眠ったら運べなくなる」

 ライオンは一瞬、目を閉じた。

 でも、次の瞬間、地を蹴って駆け出していた。

 あっという間に、見えなくなった。

 「手で椅子をつくろう」

 かかしが言った。

 それで、トトを私の膝に乗せて、二人で腕を組んで、小さな椅子みたいなものをつくった。

 私はその上で眠ったまま、揺られていた。

 花が、どこまでも広がっていた。

 川の流れが、少しだけ音を立てていた。

 ようやく、彼らが立ち止まったとき、そこには、ライオンがいた。

 でも、眠っていた。花の中で、動かなくなっていた。

 彼は、もう限界だったのだ。

 ケシの花の香りに、勝てなかった。

 そのそばには、草の原が広がっていた。花よりも、やさしそうな場所だった。

 「だめだ。持ち上げられない」

 ブリキの木こりが言った。

 「ここに置いていくしかない。……でも、もしかしたら、夢の中で、勇気を見つけられるかもしれない」

 「ごめんね……」

 かかしがつぶやいた。

 「臆病なライオンだったけど、すごく、いい仲間だった」

 それから、二人はまた歩き出した。

 私を抱えたまま、花の海を抜けて――

 川のそばまでたどりついた。

 そこで、ようやく私を下ろし、やわらかい草の上に寝かせてくれた。

 あとは、風が、私を目覚めさせてくれるのを、ただ、待つだけだった。


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