第三の手記 18


 「痛くないんですか?」

 ヨシ子は、おどおどしたようすで、自分にたずねました。

 「それあ、痛いさ」

 そう答えて、自分はふざけた調子で続けました。

 「でも、仕事の能率をあげるには、いやでも、これをやらなきゃいけないんだ。僕はこの頃、とても元気だろう? さあ、仕事だ。仕事、仕事」

 わざと明るく、はしゃぐように言うのでした。

 深夜、薬屋の戸をたたいたこともありました。

 寝巻姿で、コトコトと松葉杖を突いて出て来た奥さんに、自分はいきなり抱きついて、キスして、泣く真似をしました。

 奥さんは、黙ったまま、一箱の薬を手渡しました。

 薬も、また焼酎と同じく、いいえ、それ以上に――

 いまわしく不潔なものだと、自分が心底から思い知った時には、すでに中毒のどん底でした。

 真に、恥知らずの極みでした。

 自分は、その薬を得たいばかりに、再び春画のコピイを始めました。

 そうして、あの薬屋の不具の奥さんと、文字どおりの醜関係をも結びました。

 死にたい、いっそ死んでしまいたい。

 もう取返しがつかない、何をしても駄目になるだけだ。

 恥のうえに恥を塗りかさねるばかりなのだ。

 青葉の滝など、自分には望むべくも無い。

 けがらわしい罪に、あさましい罪がかさなり、苦悩は増して、鋭くなってゆくばかりだ。

 死ななければならぬ。

 生きていることが、そもそも罪のはじまりなのだ。

 そう思いつめても、けっきょく自分は、アパートと薬屋との間を、半狂乱の姿で行き来するばかりなのでした。

 仕事をいくらしても、薬の使用量はそれに応じてふえ、薬代の借りは、目もあてられぬ額にのぼっていました。

 奥さんは、自分の顔を見ると涙ぐみ、自分もまた泣きました。

 地獄。

 この地獄からのがれるための、最後の手段。

 これが失敗したら、あとは首をくくるだけだ。

 神の存在を賭けるほどの覚悟で、自分は、故郷の父あてに手紙を書きました。

 長い手紙でした。

 女のことは、さすがに書けませんでしたが、自分の実情のすべてを告白しました。

 けれども、結果はさらに悪く、待てど暮せど何の返事もありません。

 その焦燥と不安のせいで、自分はかえって、薬の量をふやしてしまいました。

 今夜、十本。

 一気に注射して、それから大川に身を投げよう。

 そう心に決めた日の午後――

 ヒラメが、まるで悪魔の嗅覚のように察して、堀木を連れてあらわれました。

 「お前、喀血したんだってな」

 堀木は、自分の前にあぐらをかいてそう言いました。

 その時の微笑は、自分がこれまで一度も見たことのないほど、やさしいものでした。

 そのやさしい笑みが、ありがたくて、うれしくて、自分はつい顔をそむけて、泣きました。

 そうして彼のその笑み一つで、自分は完全に打ち破られ、すべてが葬り去られたのです。

 自分は、自動車に乗せられました。

 とにかく入院しなければならぬ。

 あとは自分たちにまかせなさい、とヒラメはしんみりとした口調で言いました。

 (それは慈悲深いとでも形容したいほど、もの静かな声でした)

 自分は、意志も判断もない者のように、ただメソメソ泣きながら、二人の言いつけに唯々諾々と従いました。

 ヨシ子も入れて四人。

 自動車は長く揺られ、あたりが薄暗くなった頃、森の中の大きな病院の玄関に着きました。

 サナトリアムだと思っていました。

 若い医師の、やけに物やわらかな、丁重な診察を受けました。

 医師は、まるではにかむように微笑みながら言いました。

 「まあ、しばらくここで静養なさるのですね」

 ヒラメと堀木とヨシ子は、自分ひとりを残して帰りました。

 ヨシ子は、着替えの入った風呂敷包を自分に手渡しました。

 それから、黙って帯の間から注射器と使い残しの薬品を差し出しました。

 やはり、強精剤だと思っていたのでしょうか。

 「いや、もう要らない」

 珍しいことでした。

 勧められて、それを拒否したのは、自分の生涯で、その時ただ一度だけといっても過言ではありません。

 自分の不幸は、拒否の能力のない者の不幸でした。

 勧められて断ると、相手の心にも、自分の心にも、永遠に修繕できぬ白々しいひび割れができるような恐怖に襲われていました。

 しかし、その時は、あれほど狂おしく求めていたモルヒネを、自然に断ることができました。

 ヨシ子の言わば「神のような無知」に撃たれたのでしょうか。

 あの瞬間、すでに自分は中毒ではなくなっていたのかもしれません。

 けれども、自分はすぐに、はにかむような微笑を浮かべる若い医師に案内され、ある病棟に入れられました。

 ガチャンと鍵が降ろされました。

 脳病院でした。

 女のいないところ。

 あのジアールを飲んだ時、自分がふざけて言った「女のいないところへ行く」という愚かな言葉が、まことに不気味に実現したのです。

 その病棟は、男の狂人ばかりで、看護人も男でした。

 女はひとりもいませんでした。

 今や自分は罪人でもなく、狂人でした。

 いいえ、断じて狂ってなどいません。

 一瞬たりとも狂ったことはないのです。

 けれども、狂人はたいてい自分のことをそう言うものだそうです。

 つまり、この病院に入れられた者は気違い。

 入れられなかった者はノーマル――そういうことのようです。

 神に問う。

 無抵抗は罪なりや?

 堀木のあの不思議な、美しい微笑みに自分は泣きました。

 判断も抵抗も忘れて自動車に乗り、ここに連れて来られて狂人となりました。

 今にここから出ても、自分はやはり狂人。

 いや、癈人(はいじん)と刻印されることでしょう。

 人間失格。

 もはや自分は、完全に人間ではありません。

 ここへ来たのは初夏の頃でした。

 鉄の格子の窓から、病院の庭の小さい池に赤い睡蓮が咲いているのが見えました。

 三か月経つと、庭にコスモスが咲きはじめました。

 思いがけず故郷の長兄が、ヒラメを連れて自分を迎えに来ました。

 父が先月末に胃潰瘍で亡くなったこと。

 自分の過去は問わず、生活の心配もかけない。

 何もしなくてよい。

 ただ、いろいろ未練はあろうが、すぐに東京を離れて田舎で療養生活を始めること。

 東京で自分がしたことの後始末は渋田がだいたいやってくれたから気にするな。

 そう言うのです。

 それは、いつもの生真面目で緊張した口調でした。

 故郷の山河が眼前に見えるような気がしました。

 まさに癈人でした。

 父の死を知ってから、自分はいよいよ腑抜けになりました。

 父がもういない。

 自分の胸中から離れなかったあの懐しく恐ろしい存在が、もういない。

 苦悩の壺が空になったようでした。

 苦悩の壺がやけに重かったのも、あの父のせいだったのではないか。

 まるで張合いが抜けました。

 苦悩する力さえ失いました。

 長兄は約束どおり、正確にそれを実行しました。

 自分の生まれ育った町から汽車で四、五時間、南に下ったところ。

 東北では珍しいほど暖かい海辺の温泉地がありました。

 その村はずれのかなり古い家。

 壁は剥げ落ち、柱は虫に食われ、修理もほとんどできないほどの茅葺の家を買いとってくれました。

 六十近い赤毛の醜い老女中を一人つけてくれました。

 三年と少し経ちました。

 その間、老女中のテツに、何度か奇妙な犯され方をされました。

 時たま夫婦喧嘩のようなこともはじめました。

 胸の病気は一進一退。

 痩せたり太ったり。

 血痰が出たり。

 昨日、テツにカルモチンを買ってこいと言い、村の薬屋に使いにやりました。

 しかし、いつもの箱とは違う形の箱のカルモチンを買ってきました。

 自分は気にもせず、寝る前に十錠飲みました。

 一向に眠くならず、おかしいなと思っているうちに、お腹の具合が悪くなりました。

 急いで便所に行ったら猛烈な下痢で、さらに三度も便所に通いました。

 疑わしく思い、薬の箱をよく見ました。

 それはヘノモチンという下剤でした。

 仰向けに寝て、お腹に湯たんぽを置きながら、テツに言おうと思いました。

 「これはお前、カルモチンじゃない。ヘノモチンっていうんだ」

 言いかけて、うふふふと笑ってしまいました。

 「癈人」は、どうやら喜劇の名前のようでした。

 眠ろうとして下剤を飲み、その名前はヘノモチン。

 いまの自分には、幸福も不幸もありません。

 ただ、一歳は過ぎてゆきます。

 自分がこれまで阿鼻叫喚で生きてきたいわゆる「人間」の世界において、ただ一つ真理らしく思われたのはそれだけでした。

 ただ、一歳は過ぎてゆきます。

 自分は今年、二十七になります。

 白髪がめっきり増えました。

 たいていの人から四十以上に見られます。


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