天の舟――白靴の姉弟

 「あら、ここ……どこかしら。まあ、なんて、きれい」  少女の声が、静かに車窓の光にとけた。 黒い外套をまとった十二歳ほどの少女が、茶色い瞳を丸くして青年の腕にすがりつき、車窓の外をじっと見つめている。  「ランカシャー … 続きを読む

第三の手記 17

 それっきり、自分は一言も口をきかずに薬屋を出て、よろよろとアパートに帰りました。  ヨシ子に塩水を作らせて飲み、黙って寝ました。  翌日も風邪気味だと嘘をつき、一日中寝て過ごしました。  夜になると、秘密の喀血が不安で … 続きを読む

玉座の間

 緑の眼鏡をかけていても、私たちはまず、この街の輝きに目を奪われる。 通りには美しい家が並ぶ。どれも緑の大理石でできていて、あちこちにエメラルドがきらめく。  私たちは同じ緑の大理石の舗道を歩く。 石のつなぎ目にはびっし … 続きを読む

天の川の観測所

 「もうここらは白鳥区のおしまいです。 ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です」  窓の向こうに、光の川が流れていた。 夜空に咲いた火の花のように、あまの川は輝き、静かにきらめいていた。  その中心に、黒い建物 … 続きを読む

第三の手記 16

 「このまえも、年の暮のことでしたよ」  ヒラメが言いました。  「こっちは目が廻るくらい忙しいのに、いつも年の暮をねらって、こんなことをやられた日にゃ、命がもちませんよ」  相手は、京橋の小さなバアのマダムでした。   … 続きを読む

それでも会いに行く

 「なんだか、すごく変な話ね」 私はそう言って首をかしげた。「でも、それでも行かなくちゃ。オズに会わないと、ここまでの旅が全部――無駄になるもの」  「なぜ、そんなに恐ろしいオズに会いたいんだい?」 男が真顔で私たちを見 … 続きを読む

鳥を捕る人

 「ここへかけてもようございますか」  背後から聞こえたその声は、ざらついた質感のなかに、どこか人懐こさを帯びていた。  振り返ると、赤い髭の男がいた。 茶色の外套は擦り切れており、白布に包んだ荷物をふたつ、肩にかけてい … 続きを読む

第三の手記 15

 自分は、人妻の犯された物語の本を、あちこち探して読んでみました。 けれども、ヨシ子ほど悲惨な犯され方をした女は、一人としていませんでした。  どだい、これは物語にもなりません。  あの小男の商人とヨシ子との間に、少しで … 続きを読む

緑の国へ

 臆病なライオンがゆっくりと目を覚ますまでには、かなりの時間がかかった。 なぜなら、彼は長くケシの花の間に横たわり、その強烈な香りを深く吸い込んでいたからだった。  やっと目を開けて荷車から降りると、彼は自分がまだ生きて … 続きを読む

北十字とプリオシン海岸

 「おっかさんは、ぼくをゆるしてくださるだろうか」  カムパネルラが、ためらいながらも急いで言った。 その声は震えていた。  ジョバンニは黙って遠くの橙色の三角標を見つめた。 その先に、母がいる気がした。 あの小さな光の … 続きを読む