ケンタウル祭の夜

 口笛に似た、寂しげな吐息のような調子で、ジョバンニは坂を下っていた。 檜の板が黒く並ぶ町の道。かすかに光を吸って、沈黙のように連なっていた。  坂の下に、街燈がひとつ、青白く澄んだ光をたたえて立っていた。 歩くたびに、 … 続きを読む

 ジョバンニが帰ってきたのは、裏町の小さな家だった。 三つ並んだ入口の、いちばん左。  その前には、空き箱に植えられた紫色のケールとアスパラガスがあった。 小さな窓には、日覆いが下りたまま。 光も影も、しずかに止まってい … 続きを読む

活版所

 校門を出ると、桜の木の下に輪ができていた。 カムパネルラを囲んで、七、八人の同級生が肩を寄せ合っていた。 灯籠の青い灯りを流すために、川へ烏瓜を取りに行く相談をしているらしかった。  けれど、ジョバンニは立ち止まらなか … 続きを読む

午后の授業

 「ではみなさん。川だとか、乳の流れだとか言われている、このぼんやり白いものが、本当は何なのか、ご存じですか。」  先生は、黒い星図に白く煙った銀河帯を指しながら、そう問いかけた。  カムパネルラがすっと手を挙げた。   … 続きを読む

第三の手記 10

 バアの向いに、小さい煙草屋がありました。 その店の、十七、八の娘でした。  ヨシちゃんと言いました。 色が白く、八重歯がありました。 自分が煙草を買いに行くたびに、笑いながら注意するのです。 「なぜ、いけないんだ。どう … 続きを読む

第三の手記 9

 そうは申せ、やはり人間というものが、まだまだ自分にはこわろしかったのです。 お店のお客と顔を合わせるにも、まずコップ一杯の酒をぐいとあおってからでなければ、どうにも腰が上がりませんでした。  こわいもの見たさ、というの … 続きを読む

恐ろしい獣

 「カリダって何?」  思わず聞き返した。自分でも声が震えていた。  ライオンが低く唸るように言った。  「熊みたいな体に、虎のような頭を持った怪物だ。爪は鋭く長くて……私を真っ二つに裂くのなんて、トトを踏み潰すのと同じ … 続きを読む

大きな溝

 その夜、私たちは森の中で眠ることにした。 まわりに家は見あたらない。 探すのもやめて、静かな木の下に落ち着く。  枝は高くて広く、葉が私たちを覆ってくれた。 露は落ちてこなかった。 葉が屋根のように、雨の気配を遮ってく … 続きを読む

第三の手記 8

 ドアを、ほんの少しだけ開けて、中をのぞいて見ました。  白兎の子が、いました。  ぴょんぴょんと跳ねまわっていました。狭い部屋の中を、くるくる、輪を描くように。親子は、それを追っていました。楽しそうに。静かに。幸福そう … 続きを読む

第三の手記 7

 けれども、その時以来、自分は妙な考えを持つようになりました。  世間とは、個人ではないか。 つまり、自分のような人間の、ただの寄せ集めではないのかと。 そう思うようになったのです。  そして、それを思いはじめてから、自 … 続きを読む