木こりの涙

 ライオンが、尻尾で目元をぬぐった。涙がにじんでいた。 「分かっています」「それが悲しいんです」「だから私は不幸なんです」「でも……危ないことがあると、胸が、どくどくするんです」  私はそっと息をのんだ。木こりを見た。 … 続きを読む

吠えるけれど、震えていた

 森の中は、とても静かだった。 私たちは、深く深く、その奥を歩いていた。  足もとの道は、まだ黄色いレンガでできていたけれど、枯れ枝や落ち葉がいっぱい落ちていて、とても歩きにくかった。足を取られないように気をつけながら、 … 続きを読む

第三の手記 6

 お父ちゃん。お祈りをすると、神様が何でも下さるって、ほんとう?  自分こそ、そのお祈りをしたいと思いました。  ああ、われに冷き意志を与え給え。われに、「人間」の本質を知らしめ給え。  人が人を押しのけても、罪ならずや … 続きを読む

第三の手記 5

 はじめて、男妾のような生活を送りました。 シヅ子。雑誌社に勤めている女記者でした。 その彼女が新宿の職場へ出かけているあいだ、自分は五つになる女の子、シゲ子と二人きりで留守番をしていました。  それまでは、母親のいない … 続きを読む

さびついた声

 目を開けると、木のすき間から光が差し込んでいた。  風が止まっていて、葉のざわめきもなかったけれど、遠くでトトの足音がしていた。何か小さな動物でも追いかけているのかもしれない。姿は見えなかったけれど、音だけはやけに元気 … 続きを読む

第三の手記 4

 堀木は、在宅でした。 汚い露路の奥の、二階建て。 堀木は、二階の六畳ひと間だけを使っていて、 下では、老父母と若い職人とが三人で、 下駄の鼻緒を縫ったり、叩いたり、静かに製造していました。  その日、堀木は、自分にとっ … 続きを読む

第三の手記 3

 ヒラメに説教されたのが、くやしくて逃げたのではありません。  それは事実に反します。 まさしく自分は、ヒラメの言うとおりの人間でした。 気持の定まらぬ、根の無い男でした。  将来の方針など、まるで見えませんでした。 そ … 続きを読む

かかしの願い

 見捨てられるのが、どうしようもなく嫌だった。 たった一人で、あの場所に置いていかれるなんて。  だから、彼らのあとを追おうとした。 でも、足は地面に届かなくて、身体は柱の上に釘づけのまま動かなかった。  生まれたのは、 … 続きを読む

藁の記憶

 黄色い道が、少しずつひどくなってきた。 石が盛り上がったり、割れていたり、ぽっかり穴があったりして、足元ばかりを見て歩くことになった。  かかしは、何度もつまずいた。 まっすぐ前しか見えない彼の足は、穴の端に入ったり、 … 続きを読む