遠き背中

 先生は、なにも言わない人だった。  勝っても、負けても、誰かをほめることも、怒ることもなかった。ただ、じっと地図を見つめて、黙ったまま、静かに前を歩き続ける。  ぼくは、そんな先生の弟子だった。  名前を呼ばれたことも … 続きを読む

火の目の敵

 ローマに戻る道は、兵の靴で踏み固められていた。  その上に、ぼくも立っていた。ようやく兵に選ばれたばかりの、十八歳の青年だ。名前はルキウス。代々ローマに仕えてきた家の出で、父も祖父も軍人だった。  でも、戦争の本当の顔 … 続きを読む

象の足あと

 その朝、山は静かだった。  けれど、ただの静けさじゃない。鳥の声も、風の音も、雪を踏む音も――すべてが、息をひそめていた。  ぼくは、ハンニバル将軍の軍に従う歩兵だった。出身はヒスパニア。けれど今は、隊長の命令で、寒さ … 続きを読む