第三の手記 14

 自分の部屋の上の小窓が、開いていました。 そこから、部屋の中が見えました。電気は点いたまま、ふたつの影がうごめいていました。  自分は、ぐらぐらと目まいがしていました。 ――これもまた、人間の姿。これもまた、人間の姿。 … 続きを読む

第三の手記 12

 「いいかい? 煙草は?」  と自分は、首を傾けてたずねました。  「トラ。」  と堀木は、即座に答えました。悲劇――トラジディの略です。  「薬は?」  「粉か? 丸薬か?」  「注射。」  「トラ。」  「そうかな。 … 続きを読む

第三の手記 11

 堀木と自分。  互いに軽蔑しあいながら付き合って、そうして、おのおのをくだらなくしてゆく。 もし、それがこの世に於ける所謂――交友、というものの実相であるならば、 自分と堀木との交情も、まさしくその「交友」の範疇に属し … 続きを読む

第三の手記 10

 バアの向いに、小さい煙草屋がありました。 その店の、十七、八の娘でした。  ヨシちゃんと言いました。 色が白く、八重歯がありました。 自分が煙草を買いに行くたびに、笑いながら注意するのです。 「なぜ、いけないんだ。どう … 続きを読む

第三の手記 9

 そうは申せ、やはり人間というものが、まだまだ自分にはこわろしかったのです。 お店のお客と顔を合わせるにも、まずコップ一杯の酒をぐいとあおってからでなければ、どうにも腰が上がりませんでした。  こわいもの見たさ、というの … 続きを読む

第三の手記 8

 ドアを、ほんの少しだけ開けて、中をのぞいて見ました。  白兎の子が、いました。  ぴょんぴょんと跳ねまわっていました。狭い部屋の中を、くるくる、輪を描くように。親子は、それを追っていました。楽しそうに。静かに。幸福そう … 続きを読む

第三の手記 7

 けれども、その時以来、自分は妙な考えを持つようになりました。  世間とは、個人ではないか。 つまり、自分のような人間の、ただの寄せ集めではないのかと。 そう思うようになったのです。  そして、それを思いはじめてから、自 … 続きを読む

第三の手記 6

 お父ちゃん。お祈りをすると、神様が何でも下さるって、ほんとう?  自分こそ、そのお祈りをしたいと思いました。  ああ、われに冷き意志を与え給え。われに、「人間」の本質を知らしめ給え。  人が人を押しのけても、罪ならずや … 続きを読む

第三の手記 5

 はじめて、男妾のような生活を送りました。 シヅ子。雑誌社に勤めている女記者でした。 その彼女が新宿の職場へ出かけているあいだ、自分は五つになる女の子、シゲ子と二人きりで留守番をしていました。  それまでは、母親のいない … 続きを読む

第三の手記 4

 堀木は、在宅でした。 汚い露路の奥の、二階建て。 堀木は、二階の六畳ひと間だけを使っていて、 下では、老父母と若い職人とが三人で、 下駄の鼻緒を縫ったり、叩いたり、静かに製造していました。  その日、堀木は、自分にとっ … 続きを読む