『死人と罪人だけの世界へ』

「──死人と罪人だけの世界へ、君を導こう。」  面会室に現れた“仮面をつけた面会者”は俺──猪川日生[いのかわ ひなせ]にそう告げた。  冗談だと思った。 夢だと思った。  だが──それは、紛れもなく現実だった。  何故 … 続きを読む

「暁の詩」

宮廷の朝 朝の回廊は、紅葉の屑を踏むたび、薄い音を立てた。 額田王は硯箱を胸に抱え、風をよけるように歩いた。唇は笑みに似ているのに、瞳はどこか遠い。簪の紅椿が、揺れるたびにかすかな香りを残す。  柱の陰で、兵法書を閉じる … 続きを読む

隣室からのノック音(深夜の物音の正体)

 朝、出勤前に管理会社へもう一度電話した。鏡の処分費を了承し、ついでのように訊く。「二〇二号室って、今、空いてますか」 受話器の向こうでキーボードを叩く音。「その部屋は現在“空室”ですね。内見予定もなし」 昨夜のノックを … 続きを読む

影が増える(日常の小さな異変)

 翌朝、管理会社に電話をかけた。姿見の件、と切り出すと、担当は「ああ、前の入居者さんの残置物ですね。処分費が少し——」と事務的に言った。金額を聞いて、ため息を飲み込む。家賃が安いぶん、こういう出費は覚悟していた。週末に回 … 続きを読む

引っ越し先の鏡(事故物件の噂)

 鍵を受け取ったのは梅雨明けの午後だった。駅から歩いて七分、築三十年のワンルーム。不動産屋は「相場よりだいぶお得ですよ」と言った。言葉どおり、家賃は周辺より二割は安い。角部屋で、窓は東向き。朝は明るいはずだ、と自分に言い … 続きを読む